この欄で、何度か、市の職員は多すぎるのではないか、との趣旨の疑問を呈した。知人でもある読者の一人から、こんな指摘を受けた。「多すぎる、という言い方は、具体性を欠く。確かに、仕事のボリュームに比べて、それに関わる職員の数が、民間企業と比較すると法外に多い、という部署はあるだろう。担当する仕事の範囲が限定され、隣の机の人の仕事には、口も手も出さない、という実態もあるだろう。でも、足りない、という部署もあるんだ。必要な部署に、必要とされる職員がいない。お役所内部の事情を優先する結果だ。そこを具体的に突かなければ、漠然と、多い、多すぎる、といくら叫んでも、私たち読者には真意が伝わらないよ」。

 断っておく。別に、市役所の職員の給料が高すぎるとか、仕事が楽チンだとか、そんなやっかみから、出発する論ではない。三千人を超す職員を抱える組織が、もう少し、まちのためになる仕事ができるようにならないか、そんな思いからの提案だと受け止めてもらいたい。

 私たちが肌で感じ、実体験が出来る「役所がすべき仕事」について考えてみようと、道立旭川美術館に向かった。

 同館に配置されている道職員は、副館長一人、学芸員三人、総務の事務職員三人の合わせて七人。副館長も学芸員の資格を持つ。館長は非常勤。受付や監視業務、事務の補助などにあたる臨時職員が九人。このスタッフで年間五つの大きな企画展を開き、そのほかに収蔵品展や美術講座、ワークショップ、ロビーコンサートなど多彩なイベントを企画・開催している。年間の入館者数は、平成十八年度六万三千人。概ね、五万人から六万人台で推移している。

 水田順子副館長は言う。「美術館の仕事は、企画展の仕込み、準備のほか、館の基盤をなすコレクションの収集活動や作品の調査・研究、収蔵品の修復など、やろうと思えば際限がありません。観に来て下さる方たちのニーズに応えるためには、今のスタッフがギリギリの人数。それでも、目の前のことをこなして行くという状態で、決して充分な人数とは言えません」と話す。「キュレーターと呼ばれる、欧米の美術館や博物館、図書館などで働く学芸員にひけを取らない仕事をしている自負はありますが、身分の保証や待遇については、日本では…」とも。

 で、旭川市が運営する中原悌二郎記念旭川市彫刻美術館。ここに配置されている市職員は、小野寺克典館長以下七人。加えて、受付や監視業務を担当するパートの臨時職員が十人、嘱託職員も二人いる。七人の正職員のうち、学芸員の資格を有するのは一人。副館長は隣接する井上靖記念館の館長、事務職二人も井上記念館の事務を兼務している。

 この陣容で、今年度は「砂澤ビッキ素描展」や現在開催中の「ロダン発現代行 彫刻を形づくった巨匠たち」など、四つの企画展と「まちなみ彫刻写真展」を企画・運営。ほかに、こども彫刻教室、彫刻散歩などのイベントを開催する。入館者は、有料化された十八年度は八千六百三十人、十七年度は約一万二千人。

 小野寺克典館長に聞いた。「限られた予算の中で、収蔵品を使って『手で観る彫刻展』など工夫してやっている。道立美術館などのように、道外から作品を持ってくることは、財政上不可能」と説明する。学芸員の資格を持つ職員が一人しかいない現状については、「来春には定年退職する、一職員の私が言っても仕方のないことなのでしょうが」と前置きした上で、「中原悌二郎賞という、全国的に知られる賞を運営する市の美術館です。過去、学芸員を配置する転機は幾度もあったはずです。しかし、現状は、そうなっていません」と話した。

 隣接する井上靖記念館と兼務の職員が二人いるとは言え、年間一万人程度の美術館に、館長を含め事務職員六人というのは、どうなのだろう。一方で、館の活動の中枢とも言うべき学芸員は、たった一人だ。もっと言えば、井上記念館には学芸員の有資格者はゼロ。高い専門性が要求される施設の、このあり様を私たちはどう考えればいいのだろう。私は、彫刻美術館に配置される職員の数を減らせと要求しているのではない。中原悌二郎賞の名に恥じない美術館になってほしい、と願うだけだ。文化・芸術の分野における“まちの力”は、ひとえに為政者の価値観による――。

ご意見・ご感想お待ちしております。