年末の二十九日、弊社の倉庫で餅つきをした。二十九日は、「く・苦」に通ずるから、餅つきは避けたほうが良い、との言い伝えを知ってはいたが、業務の都合から、この日しかないということで敢行した。遠い昔、小学生の頃、鉄道員だった亡父の勤務の都合で二十九日に餅をついたこともあったと記憶する。父と母が、「苦餅って言うけど、仕方ない。いいよね」などと言葉を交わしていた記憶がうっすらある。きっと、苦餅にならないよう心の中で祈りながら、父が杵をふるい、母がリズミカルに声をかけつつ合い取りをしていたのだったろう。つき立ての餅を、官舎の父の上司や同僚の家に届けた記憶もある。それぞれの家で餅つきをしていたはずだが、お互いに「うちの餅をどうぞ」と、やり取りしていたのだろう。みんな貧しく、だからつつましくも温かな互助の精神が必要な時代だった。

 さて、弊社創刊以来初の餅つきは、友人の会社と合同だった。彼の会社では創業以来、年の暮れに自宅に社員が集まって餅つきをしていたそうだが、転居した関係で、弊社の倉庫で一緒に、ということになった。弊社九人、彼の会社十五人に加えて、子どもを連れた友人らも顔を見せてくれて、お酒を飲みながらの賑やかな餅つきとなった。

 餅つきという行為は、きっと、家族もそうだが、集団を一つにする力があるのかも知れない。年末の賞与が少なかったことも、仕事上のトラブルも、気が合わない同僚とのストレスも、一緒にペッタンペッタン餅をつくことで、ひと時、忘れられる。そこに社外の人間が加わって、自分達の仕事が持つ社会性や人間関係の深浅や、ある意味で自分の生き方についてまで、知らされたり気付いたりする。杵を手にした経験などない二十代の社員が、ぎこちない手付き、腰付きで杵をふるい、周りの者がヨイショー ヨイショーと笑顔で掛け声をかける光景を、一緒に餅つきをと誘ってくれた若き社長と並んで眺めつつ、「中小零細企業は、絶対に餅つきをすべきですよね」などと囁き合った。

 つきたての餅に納豆やきな粉、小豆餡をまぶして食べた。プロの餅屋さんには申し訳ないが、その餅は格別に美味でございました、ハイ。枕は、ここまで。

 正月二日、一家言ある、同い年の友人とコーヒーを飲んだ。やにわに、「暦を元に戻す運動やろうぜ」と言う。本欄でも過去に書いたことがあるのだが、国民の祝日が、何のいわれもない日曜日の次の日、つまり月曜日になったりすることに立腹しているのだ。いわく、「歴史や昔からの風習を無視して、勝手に祝日をあっちにやったり、こっちにくっつけたり、節操が無さ過ぎる。体育の日がなぜ十月十日だったのか、その歴史的物語を忘れて、連休になるから良いだろうなんて、そんないい加減なことが許されるのかー、全く腹が立つぅー。クドウちゃん、暦をちゃんと元に戻す運動を巻き起こそうぜぇー」。

 彼の主張に全く同感であります。体育の日は、多分、五十代以上の日本国民ならば忘れもしない、一九六四年(昭和三十九年)十月十日、東京オリンピックの開会式が行なわれた日を記念して、一九六六年(昭和四十一年)から国民の祝日となった。それが、二〇〇〇年(平成十二年)から、「ハッピーマンデー制度」なるものが導入され、十月の第二月曜日が体育の日ということにされちゃった。彼が言う「歴史的物語」とは、その十月十日は、東京地方の「晴れの特異日」だった。つまり、その日は東京で雨が降る確率が極端に低い日だった。だから、オリンピックの開会式の日に選ばれたのだ。

 例えばの話、おじいちゃんが孫に、十月十日がどうして体育の日なのか、ちょっと自慢気に解説し、東洋の魔女だの、男子百メートルのヘイズだの、不幸な死を遂げたマラソンの円谷、重量挙げの三宅、神永を倒した柔道のヘーシンク…、半世紀近く前の思い出を呼び起こしたり、語ったり、そんなことも出来なくなってしまうではないか。新年にあたり、怒り心頭に達している彼は言う。「テメエたち夫婦の結婚記念日をハッピーマンデーとか理由をつけて、その前後の月曜日に移すのか? 記念日ってのは、その日なんだ。ちゃんといわれがあるんだ。連休になるからなんて、そんな軽薄な理由で、全くご都合主義で、勝手に動かすなんて、まともな国のあり方とは到底思えん。それなら、商売している者にとっては大いなる邪魔な休みになってしまった十二月二十三日も、ハッピーマンデーで動かしたらよかんべ」。

 「国民の祝日に関する法律」は、第一条で次のように謳っている。「自由と平和を求めてやまない日本国民は、美しい風習を育てつつ、よりよき社会、より豊かな生活を築きあげるために、ここに国民こぞって祝い、感謝し、又は記念する日を定め、これを『国民の祝日』と名づける」。美しい風習も、歴史や記憶も、物語りも、誰にとってハッピーなのか分からない祝日移動制度の元で反故にしてはばからない私たち日本人にとって、国を愛する心って、どうやったら育まれるというのか――。

 明けましておめでとうございます。例によって、年賀状を書かないクドウです。この場を借りて、今年もよろしくお願いします、です。

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