前週の小欄について、お二人の方から電話をいただいた。お一人は、「私は、あなたのお父さんと同い年です。今年八十七歳になります」と話された。あぁ、亡父も生きていれば八十七なのかぁ、と電話の向こうのお声を、何やら懐かしく感じさせていただいた。もうお一方は女性で、「兄は、あなたのお父さんよりも一つ年上で、シベリアに抑留され、そこで死んだと聞かされました。遺骨は帰ってきませんでした。優しくて、勉強もできて、足が速くて、私の自慢の兄でした。あなたの文章を読んで、なぜだか涙が出ました」とお礼を言われた。

 少し、父の思い出話を書かせてもらう。終戦時、父は、奉天郊外の飛行場にいたという。以下は、私が小学生の頃、夜眠る前の布団の中で、父が「シベリアエレジー」と自ら名付けて、戦時から抑留時代の話をしてくれた中の一つ――

 一兵卒の父が戦争が終わったらしいという話を耳にする少し前、部隊の上官が飛行場に残っていた二機の飛行機のうちの程度の良い方を整備せよ、と命じた。父を含む兵隊たちが必死になって飛べるように整備し、油を満タンにした飛行機は、命令した上官を乗せてどこかへ飛び去った。「日本は負けた」「戦争は終わった」との情報を得て、もう一機の飛行機を整備して逃げようとした時には、上空にソ連の戦闘機がブンブン飛び回っていた。

 この話は、ソ連軍によって武装解除され、貨物車に詰め込まれてシベリアに送られる途中、海が見えたことから、兵士たちが「日本海だ。日本に帰れる」と大喜びしたのだけれど、「それは、バイカル湖という大きな湖だったんだ、ハハハハ」という、父の哀しい笑い声とともに、五十年を経た今も、私の記憶に鮮明にあり続ける。枕はここまで。

 本紙一月二十六日付「じっくり聞きたい」に登場いただいた旭川の学校図書館を考える会代表の市川詔子さんからお誘いを受け、学校図書館に「人」がいることの価値を実感しようという“現場を訪ねる会”に同行した。

 今月三日に訪ねた愛宕東小学校の図書館に、「図書館補助員」として三谷智恵子さんが配置されたのは昨年六月。補助員の制度は、旭川市が〇五年度にモデル事業としてスタートし、現在は市内三十一校の図書館に配置している。市独自の予算による事業だ。三谷さんは、かつて高校の図書館に司書として勤務した経験を持つ、いわば図書館の分野のプロである。

 渡辺輝男校長は言う。「わずかな期間で、図書館が見違えるように変わりました。補助員が来る前は閑散としていた図書館が、今では子どもたちがあふれているんですから。まるで、ダイエットの使用前・使用後みたいですよ」と。三谷さんが配置される以前は三千五百冊ほどだった年間の貸し出し数が、現在の時点で八千冊に激増していると言う。「図書館が、子どもたちの行きたい場所になった」のだそうだ。

 また、授業を受け持つ教師と図書館との連携も徐々に進んでいる。調べ学習の授業では、教科書の内容を補完する本や資料を補助員があらかじめ集めて、子どもたちに紹介する。「今週は図書館での授業が三回もあるんです」と三谷さん。校長や教頭の理解、担当の司書教諭の調整能力やモチベーションにも大きく左右されるが、学級経営にとって力強い援軍として徐々に浸透しつつある。

 図書館の前の廊下の壁には、「新しい本の紹介」コーナーがある。本の表紙が見るだけでもワクワクするような配列で張り出されている。例えば、「えいごでよむえほん」のタイトルで、オバマ大統領に関する写真絵本などを何冊か紹介している。この発想は、時事のセンスがなければ出て来るものではない。ムムム、お主できるな、という感じなのだ。

 館内には、四季折々の行事や歴史的な出来事に焦点をあて、子どもたちの関心を呼び起こす本が紹介されている。この時期には、節分に合わせて「おにのあかべえ」や「しょうたとなっとう」といった絵本が魅力的なディスプレイに囲まれて並んでいた。

 同校には、「愛東支援員」と呼ばれるボランティア組織があるのだそうだ。地域の住民が、スキー学習などの授業や各種の学校行事を積極的に支える。図書館にも、在校生や卒業生の母親たちでつくる「まつぼっくり」という名のグループがあり、十年も前から、教室に出向いて朝の読み聞かせをしているという。こうした学校を支える日常の活動があったことが、補助員の配置によって図書館が画期的に変わる要因になったとも言える。

 その「まつぼっくり」のメンバーの一人、安藤奈緒美さんが言う。「館に来てくれる子どもが劇的に増えたのも驚きでしたが、三谷さんの司書として本を手渡すための発想にびっくりしています。私たちボランティアには出来ない、プロの仕事だと感じます」と。

 旭川の学校図書館を考える会が求めている「専門・専任・正規」の人の配置からは遠い一年更新の雇用の非常勤、一日四時間、週に五日間の勤務という、働く者にとっては厳しい労働環境ではあるが、旭川市が独自に予算を措置し、旭川の小中学校の図書館には、子どもたちに本を手渡す「人」がいるようになった。何年か前、当時の小泉総理が唱えて脚光を浴びた「米百俵」の精神の一つの具現化だと、私は思う。

 今秋には、市長選挙がある。二期目を目指すだろう西川市長は、この学校図書館の「米百俵」の教育施策をもっとアピールしていい。さらに進化させることを公約に掲げてはいかがか――。

ご意見・ご感想お待ちしております。