転勤族の友人夫婦が旭川に家を建てている。完成は八月らしい。現在の勤務地は北見。たまたまその建築現場が、私の通勤ルートの途中にあるので、時折、工事の進展具合を写真に撮ってメールで送っている。そのやり取りの中で、「そう言えば、餅まきって、しばらく見ないなぁ」みたいな話になって、ノリの良い夫婦は「じゃあ、やるかー」となった。

 上棟式は五月二十九日。昨日までの悪天候は一転して快晴。すぐ近くの保育園や学童保育の子どもたち七、八十人と、ご近所の方たち、そして友人知人らが集まった。建築途中の屋根の上には、白、赤、紫、青、黄色の幟(のぼり)がはためき、米俵が三俵。そして請け負った建築会社の創業者が、その昔に手作りしたという、鶴と亀が描かれた大きな矢羽根が掲げられた。交差する矢羽根の中心に、亀甲の形が浮かび上がるという、なんともお目出度い風景。式に参列した二代目社長は「最近はほとんどやらなくなった。矢羽根も米俵も廃棄しなくてよかったですよ」とうれしそうだった。

 友人夫婦と大工さんたちが、紅白の餅をパラパラとまくと、賑やかな歓声があがり、子どもにつられて大人も右往左往して餅を拾う。餅をまく方も、拾う方も、みんな笑っている。あぁ、家を建ててそこに住み着くというのは、こういうことなんだよなぁ、伝わっている神事とか、お祝い事って大事なんだよなぁなんて、年甲斐もなく心臓のあたりが少しキュンと鳴った気がした。枕はここまで。

 さて、口蹄疫である。数日前のこと、友人から電話がかかってきた。「知り合いが、新聞の記事にひどく怒っているの。ここまで書かなくてもいいじゃないかって。抗議の電話をしたいと言っているのだけれど、どこにかければいいのかしら」と言う。まぁ、紙面のはじに載っている報道部にかけて、「デスクをお願いします」と伝えれば、対応してくれるんじゃないの、と答えて電話を切った後、その記事を改めて読んだ。

 北海道新聞五月二十五日付夕刊の記事である。「宮崎口蹄疫 殺処分」「取り上げた子牛まで」「涙の獣医師、苦悩深く」の見出しで、その方が「ここまで書かなくても」と言うのは、記事の書き出しの部分。「まだ小さな子牛に薬剤を注射すると、やがて動かなくなり、息絶えた。口蹄疫の被害が集中する宮崎県川南町の獣医師小嶋聖さん(39)が、24日に殺処分した約50頭のうちの1頭は、つい1カ月前、難産で苦しむ母牛から自ら取り上げた子牛だった」。

 記者の署名がないから、通信社から配信されたものだろうが、非常事態の現場の状況を伝えるという面では良い記事だと私は思った。

 くだんの友人に電話した。「抗議をしたいと騒いでいる方はベジタリアンなの?」と。「主義や信仰から牛や豚の肉を口にしない人が、こうした記事を読んで拒否反応を示すというのは理解できないではない。だけど、日常的に動物や魚の肉を食べている人が、殺処分される子牛に対して“かわいそう”だから現実を描写するななんて、感傷的に抗議や要求するのはナンセンスじゃないの?」。

 前週の弊紙のコラム「コケコッコ通信」に養鶏家の村上謙一さん(55)は、飼っている鶏の中のリーダー争いに負けたオンドリの逸話を紹介しながら「家畜を飼う農家は、日常の作業の中で家畜の性質や個性を、再認識しながら私のように小さなドラマを楽しんでいるのだと思う。その日常が、口蹄疫による家畜の殺処分で失われる宮崎県の畜産農家に同情している」と書く。そして、「家畜の飼養密度が高すぎるのが原因だと思う。埋却する余地もないほど、家畜飼養施設が立ち並ぶ。宮崎県が大きな畜産基地になった有力な要因は、土地や自然条件ではなく、輸入穀物のフレート(運賃)が日本で一番安い、つまり輸入されるエサが安いという外的条件が大きいのだ」と指摘する。

 村上さんに改めて話を聞いた。

 牛一頭の糞を耕地に還元するには一ヘクタール、鶏は千羽で一ヘクタールが許容量。昔から、それくらいなら安全だろうと言われてきた。それ以上になれば、糞尿に含まれる硝酸態窒素が環境汚染を引き起こし、ひいてはヒトの健康にも害を及ぼすことになる。宮崎県では口蹄疫が発生した施設から半径十キロ以内に十万頭以上の牛や豚が飼育されていることが今回の殺処分で分かった。当然、その糞は県内では処理できず、他県に運び出されている。

 口蹄疫の原因はウイルス。多くはヒトやモノの移動による感染だろうが、空気感染もあり得る。密接して施設が並んでいれば、どこか一施設で発症すれば一気に感染は拡大する。今回沈静化したとしても、再び起きない保証は全くない。飼料も敷き藁も、朝鮮半島や中国、モンゴルからも輸入されている。検査を行なっているといっても一部の抜き取り検査。水際で阻止することはほぼ不可能だろう。初動対策の遅れを批判されているが、赤松農水大臣が悪いわけでも何でもないんですよ。

 そして村上さんは、こう続けた。「霜降りの高級牛肉になる牛は、人間で言えば糖尿病の末期の状態ですよね。目は見えなくなって目ヤニだらけ。慢性的な下痢の症状でお尻は汚れる。だって、筋肉の中に脂肪が入る状態って、異常でしょう? フォアグラと一緒で、そうした牛を作って食べているんですよね、人間って。僕は、食べません、いや、高価すぎて食べられませんけど、ハハハ」。

 「ただ、口蹄疫が万一エゾシカに感染したら、道内のシカを全頭殺処分するってことも出来ないでしょうし、どうなるんでしょうね。汚染地帯になって、ワクチンを打ち続けなければなりませんよね…」。

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