末席に名を連ねている団体が、シンポジウムを企画した。パネラーをお願いしたお一人が、「あそこでやってみたい」と希望された。「あそこで」とは、宮前通東にある、明治時代に建てられた旧国鉄の工場。改修なって今年六月にオープンしたばかりの市民活動交流センター、愛称「CoCoDe(ここで)」のことである。一世紀を経たレンガ造りの建物が醸し出す雰囲気が、企画したまちづくりに関わるシンポジウムの内容に似合うだろう、そんな気持ちからだった。

 担当する者が申し込みの電話をしたところ、予定していた日は休館日で使えないと告げられたという。致し方ない。希望された方に事情を説明し、勤労者福祉会館の会議室を使うことにした。それは八月初旬のこと。

 シンポジウムの当日、九月の第二月曜日、企画に関わった一人から、「使えないって聞いたけど、あそこで、今日、講演会をしてるじゃない」と教えられた。お恥ずかしい話なのだが、弊紙も、その日の午後六時から、「ここで」を会場に、JRの新旭川駅舎を設計した建築家で東京大学大学院教授・副学長の内藤廣氏が「新・旭川駅のデザイン」と題して記念講演を行うというお知らせの記事を八月二十四日付紙面に掲載していた。主催は旭川まちなみデザイン推進委員会と北海道建築士事務所協会旭川支部。記事には私も目を通しているはずなのだが、その時点では気付かなかった。感度悪し、面目ない…。

 それはさて置き、「ここで」の案内にも毎月第二・第四月曜日は休館日と明記している。市民団体には「休館日ですから」とにべもなく告げたのに、天下の東京大学の教授が講師で、旭川市も深く関わっている駅周辺開発・北彩都に関わる団体ならば、休館日でも開けるのか、正直に言って、この時点ではかなりムカーッとした。

 「ここで」は特定非営利活動法人・旭川NPOサポートセンターが指定管理者となって管理・運営にあたっている。惣伊田敏行センター長に取材した。

 ――八月初旬から、主催する側の人や施設を所管する市民活動課の職員から「開館してくれるかどうか、可能性としてどうだろう」という話が内々にあった。講師の日程の都合で、どうしてもこの日の、この時間で開催するしかないということだった。講演のテーマが北彩都に関わる新旭川駅舎についてということで、できれば「ここで」を使いたい、という話だった。また、全市的な開村百二十年の記念事業につながる講演会という事情もあった。何度かやり取りがあったが、直前の九月六日に、私ども指定管理者が、施設を所有する旭川市に対して許可を申請し、特例として、午後四時から八時までの時間限定で開館することにした。つまり、「うちの都合で開館することを市が許可した」という形になった。

 ――たまたまその日は、スタッフが集まって研修をする予定だったので、七人のスタッフのうち六人が午後一時に出勤した。出勤したスタッフの時間外手当とか、休日出勤手当などは発生しないシステムをとっている。ローテーションをやり繰りして、市と結んでいる委託契約の中で、吸収できる範囲でやる、ということ。この施設については、指定管理者として自主性を持った運営をしたいと考えている。例えば、夏至の日にイベントを開いたのだが、来年以降も、その日が休館日に当っても、館の自主事業として開催したい。また、十二月三十一日から元旦にかけては、本来は休館だが、お餅をついたり、カウントダウンをしたり…、年越しのイベントを計画中。単なる貸し館業務ではなく、市民活動の交流のセンターだという目的にふさわしい活動を自主性を持って続けたい。

 所管する旭川市市民生活部市民協働室市民活動課(何て長たらしい部署名…)に聞くと、「今回の講演会は、北彩都計画全体に関連する事業ということと、講師の方がこの日、この時間しかないという事情があって、特例中の特例ということで、指定管理者とも話し合い、開館することにした。あくまでも特例であり、市役所の他の部局が休館日に使いたいと申し出ても、開けることにはならない」との説明だった。参加者は百二十人ほどだったという。

 実は、取材していて、私の「ムカーッ」は次第にさめてきた。確かに、私たちの団体が開いたシンポジウムも、将来の旭川のまちの姿を左右するであろう重いテーマで、約九十人が集まり、充実した内容だった。第二弾、第三弾を企画して議論を深める確認もして、前向きな集いとなった。だから、「ここで」は次の会場として使えばいいではないか、と。私自身の中から、「オレも所詮、お上には弱いんだな」という声が聞こえた。東大の副学長を招いた団体は、その講演の性格上、どうしても旧国鉄の工場を使いたいと考えた。だから、休館日にもかかわらず、「どうにかならないか」と折衝する情熱や粘り強さがあった。ところが、こちらは「休館日です」と告げられた瞬間に、あっさり諦めたではないか。もちろん、純粋に民間団体の私たちが先に交渉したとしても、開館してくれたかどうか、それは分からないが。

 公的な施設の管理・運営が、次々に民間の指定管理者に委託されていく状況は、もしかすると、施設を利用する市民にとって、これまでの杓子定規な、融通がきかない、お上的な“縛り”から自由になれる契機かもしれない。惣伊田センター長は常々、スタッフに「仕事と考えずに、活動として取り組もう」と話しているという。どこかの労働組合が聞けば、労働者の権利云々と糾弾されそうな表現だが、その志に拍手をおくる――。

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