旭川から百五十㌔ほど北、日本海の向こうに利尻富士を望む天塩町で酪農を営む宇野剛司さんの講演を聞く機会があった。九月十日号の小欄で、その牧場を訪ねた折の話を書いたから、憶えていてくれる読者もいるかも知れないが、ちょっとおさらいすると。

 ――訪問した牧場の主は三十歳。戦後、福井県から入植した三代目だ。妻は専業主婦。七歳を頭に三人の子どもがいる。父親が昨年亡くなり、今は母親とスタッフ一人、三人で百頭の牛を飼っている。乳を搾っているのは五十頭。朝、乳を搾り、昼間は牧草地に放して草を食べさせ、夕方、牛舎に帰って来た牛からもう一度乳を搾る。従来の、牛舎につなぎっ放しにして高栄養価の餌を与え、搾れるだけ乳を搾る酪農に対して、牛の体に負荷をかけず、自然な形で乳を出してもらう「放牧酪農」という形態なのだそうだ。――

 酪農学園を卒業し、足寄などの酪農家で研修・実習をした後、実家の牧場に戻った。父親は、牛舎につなぎっ放しにする「舎飼い」を続けてきた。大学でニュージーランドの放牧酪農を学んだ宇野さんは、「近い将来、乳価が下がり、飼料が上がる時代が来る」と確信していた。ニュージーランドは世界有数の低コスト酪農の国だという。舎飼いから、放牧への移行に三年を要した。その間、乳量が減ったり、牛が牛舎から出たがらなかったり、沢山の苦労があった。父親を説き伏せながら、土を作り、放牧地を整備して、牛が好む牧草に変え、健康で丈夫な牛を育てる技術を確実に自分のものにしていった。彼は「すべて牛から習った」と表現した。

 「僕は天塩の大地で牛を飼い続ける」と題する講演では、消費者として「ヘエーッ…」と目から鱗の話が山ほどあった。そのうちの一番が、放牧酪農では、牛が勝手に出産するというエピソード。「朝、放牧地に行ったら、夜のうちに産まれた子牛が母牛の乳を飲んでる」のだそうだ。舎飼いの時代は、産まれて来る子牛の足を引っ張ったりして、出産は大ごとだった。歩き回ることで足腰が丈夫になり、新鮮でミネラルに富む青草を食べる牛は、当然、健康になり、栄養価の高い乳を出す。「健康な牛の糞には、ハエが真っ黒にたかる。次にカメムシの仲間、そしてミミズがやって来て、その後は微生物の力で、二週間もするときれいに土に返る。ところが、不健康な牛の糞には虫が寄らない。いつまでも分解されないんです」。

(工藤 稔)

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