満六十五歳になって、年金を受給することにした。年金事務所で二カ月に一度受け取る年金の額を確認して、ため息が出た。対応してくれた女性職員に「会社からもらう給料がゼロになっても、年金の額は増えるわけではないんですよね。これだけなんですね」「これだけで、暮らさなければならないんですよね」と繰り返し質問して、笑わせてしまった。恥を忍んでちょっと具体的に言うと、家人が六十五歳になるまで支給される配偶者加給なる三十万円余がなくなると困る程度の額。三六街に飲みに出るなんて、到底許される経済状況ではありません、はっきり言って。

 その三六街で飲食店を営む七十代の男性がこんな話をしてくれた。とても他人事とは思えない、同じ状況下にある方がごまんといるに違いないと推測できる話である。

 ――三十くらいのときに、兄貴に「六十になったら三万円の年金がつくから、やっておけ」って言われて、国民年金に入ったのさ。あの頃の三万円は、今の十八万か二十万か、それくらいの価値があった。それだけあれば飯が食えると思ってさ。途中、町の施設で三年ほど働いたから、その分が三千円ほど出る。で、国民年金は二カ月で六万円。月にほんとに三万円だよ。これって詐欺だよね。オレなんてだらしないから貯金はほとんどない。商売やめたらすぐ生活保護だよ。月に三万円じゃ暮らせないもの。

 安倍晋三政権が、今国会で「年金カット法案」を成立させようとしている。年金の給付額は、物価や賃金が上がれば基本的には上がる仕組みになっている。政権が目論む新たなルールでは、物価が上がり、賃金が下がった場合、現行ルールでは「据え置き」だが、賃金に合わせて年金給付額が下げられる。政権と日銀がタッグを組んで、シャカリキになって取り組む「二%の物価上昇」が実現した暁には、年金生活者にとって厳しい仕打ちが待ち受ける。

 年金をもらう自らの現状やら、三六街の飲食店経営者の嘆きやら、年金カット法案やらを安倍首相お得意の“総合的に”考えれば、「一億総活躍社会」という掛け声は、実は省略されたフレーズであったことに気付く。正しくは「一億の国民が死ぬまで総活躍つまり働き続けなければ野垂れ死にしてしまう社会」だったのだ。

 自民党が党則で定める総裁任期をこれまでの「一期三年連続二期まで」から「連続三期まで」に延長される。仲間内の私的なグループならいざ知らず、少なくても「公党」と称される組織の重大なルール変更である。次の総裁から適用するのが普通というか、公正というか、常道だろう。だが、今回の党則変更は、安倍総裁の任期を延ばすのが目的だから、そんな指摘や批判が党内から出るはずもない。なにせ安倍一強なのだ。

 

(工藤 稔)

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