一九二三年(大正十二年)生まれの亡父の実家は、中川郡中川町字神路。神路は、JR宗谷本線の筬島と佐久の間にある、いやあった。かつての集落は消滅し、今は駅ではなく信号所である。天塩川の難所にあり、父の実家は明治から大正にかけて、鉄道の敷設工事に従事したと聞く。私の子ども時代、昭和で言えば二十年代後半から三十年代にかけて、天塩川は春の雪解け時、毎年のようにあふれた。だから、祖父母の家は洪水を想定し、駅に通じる坂道に張り出す形で建てられていた。六十年も昔の話である。

 今、この時代になって、洪水で二百人以上もの人が命を落とすのかと、暗澹たる気持ちにさせられる。「コンクリートから人へ」を掲げた民主党政権があえなく自壊したのち、返り咲いた自・公連立政権は「国土強靭化」のスローガンの元で、どれほどの金を「災害に強い国づくり」に注ぎ込んで来たことだろう。

 十二日付読売新聞一面に、「8ダム満杯 緊急放流」の記事が載った。今回の豪雨では、愛媛県・肱(ひじ)川の野村ダムなど六府県の八ダムで、ダム本体が危険な状態になって緊急放流が行われ、野村ダムの下流では氾濫による浸水で五人が命を落とした。そのほかの七ダムでも甚大な被害がもたらされたという。洪水を防ぎ、人命や財産を守るためのダムが、人を殺したことになる。

 十三日付毎日新聞は一面トップで「死者189人 不明者64人」「ハード防災 限界」の見出しで、今回の豪雨災害を検証する記事を載せた。「緊急報告」第一回目の記事には。

 ――2014年8月、大規模な土砂災害に見舞われた広島市。4年後の7月6日夜、土砂災害特別警戒区域の指定が間近だった安芸区の住宅地で、土石流による犠牲者が相次いだ。国や広島県はこの間、緊急復旧事業として砂防ダムの整備を進めてきたが、専門家からは「ハードだけではもはや人命は守れない」との声も上がる。生命に著しい危害が及ぶ恐れがある特別警戒区域の指定は今年3月時点で全国で約37万9000カ所にも上る。(後略)

 砂防ダムの工事を手掛けたことがある、土木建設業界に身を置く友人は言う。「砂防ダムの大半は、完成から数年のうちに土砂で埋まる。あふれた土砂はスロープをつくる。大雨で流れ出した土砂や岩はそのスロープによってスピードを増す。結果として砂防ダムは下流の被害を拡大させる」と。

 コンクリートに費やす予算の数分の一を、高齢者や障がいをもつ人などの弱者を災害から守るためのソフト面の対策に注ぎ込むべきではないか。自然災害に、力で立ち向かっても勝ち目がないのは、自明である。「強靭化」ではなく、「柔軟化」だと愚考するが、いかが。枕はここまで。

 前号、建て替え計画が進んでいる旭川市の新庁舎についての小欄を読んだ友人から、次のような話を聞かされた。彼は自民党の熱心な支持者である。紹介しよう。

 ――今週の「直言」に、市議会議員の中にも、新しい庁舎が出来れば、いわゆる「タコ足状態の庁舎」が解消されると勘違いしていた人がいる、と書いてあった。行政を監視、チェックする役目の市議としてはいかがなものか、と思うが、それほど旭川市の説明が不足している証拠だとも言える。

(工藤 稔)

(全文は本紙または電子版でご覧ください。)

●お申込みはこちらから購読お申込み

●電子版の購読は新聞オンライン.COM

ご意見・ご感想お待ちしております。