獣医師の武藤健一さんが本紙に連載する自然コラム「ふらり野へ森へ」は、二月十九日号から五回にわたり、「故郷・福島の海、山、河よ」のタイトルで“特別編”を掲載した。福島県いわき市出身の武藤さんは、「三・一一」以降、毎年、定点観測をするがごとく故郷を訪ねている。高校を卒業するまで暮らした故郷が、原発の放射能の拡散、汚染によってどんな有様になってしまったのか、今後どうなるのか、自分の目で、耳で、皮膚で確かめるための旅だ。

 連載の四回目「福島では、今…」の冒頭、武藤さんは次のように書く。

 ――「フクシマは完全にコントロールされている」と、この国の首相が全世界に向かって言い放った大ウソと、何やら金まみれの“水面下工作”によって招致が決まったという東京オリンピック。今やテレビは“二〇二〇キャンペーン”であふれている。

 だが、その東京から北へ、わずか二百㌔ほど。事故後八年経った原発被災地はどうだろう。いまだに、ほぼ全域が帰還困難区域のままの大熊町、双葉町。一部は解除されたものの、その大部分が帰還困難区域の浪江町。そして、市街地が真二つに分断されてしまった富岡町夜ノ森地区。どこもオリンピックどころではないのだ。故郷の福島・浜通りを訪れる度に、この乖離感に愕然とさせられる。

 朝日新聞は三月二十三日付一面トップで、国が原発を支援する補助金制度の創設を検討していると報じた。朝日のスクープだ。リードを紹介しよう。

 ――経済産業省が、原発で発電する電力会社に対する補助金制度の創設を検討していることが分かった。温室効果ガス対策を名目に、原発でつくった電気を買う電力小売り事業者に費用を負担させる仕組みを想定しており、実現すれば消費者や企業が払う電気料金に原発を支える費用が上乗せされることになる。二〇二〇年度末までの創設をめざすが、世論の反発を浴びそうだ。(引用終わり)

 記事によると、経産省が補助金制度の検討を進める背景には、フクシマの原発事故を受けた規制基準の強化によって安全対策費用が高騰し、原発でつくった電気の価格競争力が低下していることがあるという。安倍政権は、そんな状況でも原発を「ベースロード電源」と位置づけ、二〇三〇年度の電源構成に占める原発の割合を二〇~二二%に引き上げる目標を掲げていて、“特別扱い”をしてでも「原発の競争力を維持するねらいがある」と書く。

 武藤さんは、「故郷・福島の海、山、河よ」の最終回「福島の人びとは、これから…」(三月十九日号)で、怒りを押し殺し、焦燥感を募らせながら次のように書いている。

 ――八年経っても、福島では本当の意味での復興は進まず、国による「帰還政策」の強行で顕在化してきた様々な形での住民同士の分断など、挙げきれないほどの問題が山積だ。見かけと実態との乖離感は大きくなるばかり、県民の心の「モヤモヤ」は膨れあがるばかりだ。

 「人間の復興」は進むどころか、一向に減らない関連死や、先がまったく見えてこないことを悲観しての自死など、むしろ悪化の兆候すらある。避難指示が解除されても、戻るのは高齢者が多く、若い子育て世代はほとんど戻ってはいない。一体いつになったら、ここで人びとは安心して暮らせるのだろうか。再び生業を、地域を復活できるのだろうか。必要な時空を想像するだけでも気が遠くなる。

 マスコミは、まったくと言っていいほど報道しないが、これが、今の福島の実相なのだ。

(工藤 稔)

(全文は本紙または電子版でご覧ください。)

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