安倍晋三政権が二〇一二年から掲げる「日本を取り戻す」というキャッチフレーズが、いま、まさに実現する間際にあるのではないか、そう感じずにはいられない。「取り戻す」べき日本は、一九四五年八月十五日以前、すべての国民が天皇陛下の赤子で、天皇陛下のため、すなわち国のためには、命をも投げ出す。そうしない者は、非国民である。そんな時代に回帰しよう、帝国憲法にならった憲法に替えよう、というわけである。

 「あいちトリエンナーレ二〇一九」の企画展「表現の不自由展・その後」が、開幕から三日で中止に追い込まれた。二〇一〇年から愛知県で三年に一度開催される国内最大級の現代アートの祭典。四回目となる今年は、国内外から九十組以上のアーティストを迎え、八月一日に開幕し、十月十四日まで、名古屋市と豊田市を会場に開催されている。芸術監督は津田大介・早稲田大学文学学術院教授。一九七三年生まれ。メディアとジャーナリズム、表現の自由などの分野で積極的な発信を続けている研究者である。

 企画展の一つ、「表現の不自由展・その後」は、従軍慰安婦を表現した少女像や、昭和天皇を含む肖像群が燃えるように見える映像作品など、各地の美術展で撤去されるなどした二十数点を展示する内容だった。トリエンナーレのHPを覗くと「表現の不自由展・その後 消されたものたち」の作品解説の冒頭に、次のようにある。

 ――「表現の不自由展」は、日本における「言論と表現の自由」が脅かされているのではないかという強い危機意識から、組織的検閲や忖度によって表現の機会を奪われてしまった作品を集め、二〇一五年に開催された展覧会。「慰安婦」問題、天皇と戦争、植民地支配、憲法九条、政権批判など、近年公共の文化施設で「タブー」とされがちなテーマの作品が、当時いかにして「排除」されたのか、実際に展示不許可になった理由とともに展示した。今回は、「表現の不自由展」で扱った作品の「その後」に加え、二〇一五年以降、新たに公立美術館などで展示不許可になった作品を、同様に不許可になった理由とともに展示する。

 この企画展に対して、匿名をいいことにネット上で一方的な憎悪や敵意に基づく差別的、侮辱的、攻撃的な発言を繰り返す「ネトウヨ」と呼ばれる者たちばかりか、政治家、しかも大きな権力を持つ行政府の長たるものが、憲法をないがしろにする発言をして恥じない姿に、愕然とした。吉村洋文・大阪府知事、松井一郎・大阪市長、柴山昌彦・文科相…。そして菅義偉官房長官も会見で「補助金交付の決定にあたっては、事実関係を確認、精査して適切に対応したい」と述べて、展示物を精査して補助金交付の是非を検討すると発言したと報じられた。要は「補助金を出すにあたって、検閲をする」と宣言している。

 この一連の“事件”で、芸術祭を主催する実行委員会の会長、愛知県の大村秀章知事は、河村たかし・名古屋市長から届いた「『表現の不自由』という領域ではなく日本国民の心を踏みにじる行為であり許されない。厳重に抗議するとともに中止を含めた適切な対応を求める」という抗議文書を公表し、次のように明確に反論した。ネットで公開されている会見の“肝”を紹介しよう。

 ――河村さんの一連の発言は、私は憲法違反の疑いが極めて濃厚ではないか、というふうに思っております。憲法二十一条は、「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」「検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない」となっております。このポイントはですね、国家があらかじめ介入してコントロールすることはできない、要は既存の概念や権力のあり方に異論を述べる自由を保障する。要は、公権力が思想内容の当否を判断すること自体が許されていないのです。

(工藤 稔)

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