よろける、つまずく、モノにぶつかる…。二足歩行の動物としての能力が徐々に衰えていくのを自覚する日々だ。もともと早くない本を読む速度がさらに落ちた。目の力も劣化して、若い時分に読んだ文庫本の小さな活字、狭い行間は、もう無理。来年は七十歳の大台に乗る。ふと、あと何年、あと何冊読めるのか、と考えたりする。だから、もう一度読みたい本、読まなければならない本を本棚から引っ張り出して、枕元に積んである。

 原発の使用済み燃料から出る高レベル放射性廃棄物(核のゴミ)の最終処分場の候補地選定を巡る動きが、後志地域でにわかに活発になっている。町長が選定プロセスへの応募検討を表明した寿都(すっつ)町に続き、神恵内(かもえない)村の商工会が応募検討を求める請願を村議会に提出したことが十日、明らかになった。

 二〇二〇年七月時点で、寿都町の人口は二千九百三人、神恵内村は八百二十五人。いずれも過疎、高齢化が急速に進む、小さな地方自治体だ。国の処分場選定プロセスの第一段階、文献調査を受け入れれば最大二十億円が交付される。寿都町の一般会計予算は五十三億円余、神恵内村のそれは三十五億円余である。子どもの目の前にアメ玉、馬の鼻面にニンジンの交付金二十億円。文献調査だけに応じて、第二段階の概要調査、第三段階の精密調査には進まない、あるいは第三段階まで進んでも、最終処分場の建設は拒否できる。そんな美味しい話がありますかね。国は田舎の貧乏な自治体に、そんなにやさしいですかね。

 少し前に読了して、もう一度読みなおそうと枕元に積んでおいた本の山から一冊の文庫本を引っ張り出した。『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(新潮文庫)。東大文学部の加藤陽子教授が、神奈川県にある栄光学園の歴史研究部の中高生(中学一年~高校二年まで)を対象に、五日間の講義を行った記録をもとに編集された本である。二〇一六年に出版され、小林秀雄賞を受賞している。

 この本を買ったのは、朝日か、毎日の書評欄を読んでだったと思う。加藤先生の講義を“聞きながら”、偏差値がバカ高い栄光学園の生徒たちの知的レベルには到底及ばないのを承知の上で、中学生か高校生に戻った気分を味わった。この本が中高年層はもちろん、主婦や高校生、ビジネスマンにまで購読層を広げ、二十刷、二十万部という、歴史書としては異例のベストセラーになったのも理解できる。

 寿都町と神恵内村が、国が差し出したアメ玉やニンジンをパクッとやりたくなった情景を眺めつつ、加藤先生の講義の最終章・太平洋戦争の中の「満州の記憶」の一節を思い起こした。

(工藤 稔)

(全文は本紙または電子版でご覧ください。)

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