「あと一年は、なんとか持つかもしれない。だけど、それ以上は…」と市中心街のテナントビルのオーナーは言う。「コロナは去年の二月くらいからだから、すでに一年だ。昨年春に手当てした資金で、いつまで我慢できるかですよ」と。

 三・六街で四十年以上商売をしてきた七十代の飲食店主は、「持続化給付金で、どうにか年を越した。売上げは前年の二割か、三割か。毎月赤字、持ち出しですよ」と話す。「いつ店を閉じるか分からないよ。常連客にも黙って、やめる。店を閉じたら、生活保護ですよ。国民年金だけじゃ、どうやったって暮らせないもの。いいよね? ずいぶん税金払ったんだから」。

 その通りだ。若い時から懸命に働いて、蓄えはないが何十年も税金を納めてきたんだ。肩身の狭い思いなどしなくていい。堂々と生活保護を受けなさい。歳をとって、弱って、働けなくなった、財産を持たない者の正当な権利だ。そのための社会制度だ。

 同じような境遇の国民が山ほどいるのを十分承知の上で、国民年金の充実を図らなかったのは国だ。「年金一〇〇年安心プラン」はどうした? いつの間にか「貧乏人は一〇〇年働け地獄のプラン」に変身しているじゃないか。

 その一方で、新型コロナ対策の金融緩和で、本当に必要としないところにジャブジャブお金が流れたせいで、株価だけが不可思議な高騰ぶりを見せつける。額に汗する者は生活保護、株に投資する余裕がある者はさらに金持ちに。格差は広がる一方だ。

 昨年末から、コロナ禍のために目に見えない倒産や廃業、アルバイトやパートの仕事を失う人が増えている。もちろん旭川地域だけでなく、全国で同じ事態が起きているだろう。この状況が一年、二年続けば、失業保険や生活保護の制度は破綻するんじゃないのか。まちが壊れるんじゃないのか。昨年後半から、自分の、自社の、足元が崩れていく感覚に身をすくませる日々だ。我ながら情けない枕はここまで。

 首都圏の一都三県に緊急事態宣言が発令された。二月七日までの一カ月間、午後八時以降の不要不急の外出自粛を徹底するよう求め、飲食店やバー、カラオケなどの営業は午後八時まで、酒類の提供は午前十一時から午後七時までとするよう要請するのだそうだ。これで本当に一カ月後には緊急事態でなくなるのか?

 “ガースー政権”の見事なまでに場当たり的、まるで無責任で、一貫性のない新型コロナ対策は、どうしたことか。なんだか、恣意的に「ハズレ」「真逆」の施策を打ち出しているかのようなチグハグぶりではないか。

(工藤 稔)

(全文は本紙または電子版でご覧ください。)

●お申込みはこちらから購読お申込み

●電子版の購読は新聞オンライン.COM

ご意見・ご感想お待ちしております。