横浜市在住の詩人・佐川亜紀さんから、一冊の本が送られて来た。『私たちは学術会議の任命拒否問題に抗議する』(人文社会系学協会連合連絡会/編・論創社)。奥付に二〇二一年二月二十日初版第一刷発行とある。「緊急出版」された本だという。

 少し説明しよう。佐川さんは、一九五四年、東京生まれ。一九九一年に詩集『死者を再び孕む夢』で第二十五回小熊秀雄賞。韓国の文学者と積極的に交流し、朝鮮文学の研究者としても知られる。二〇一五年の第四十八回から、小熊秀雄賞の最終選考委員を務めている。

 蛇足と知りつつ。小熊秀雄(一九〇一―一九四〇)は旭川ゆかりの詩人。常磐公園に詩碑が立つ。小熊賞は一九六八年に創設された公募賞。現在は市民実行委員会(橋爪弘敬会長)が運営を担う。現代詩の詩集に贈られる賞として全国の詩人が注目する。現在、第五十四回の選考が進行中だ。

 昨年九月、就任早々の菅義偉首相が、日本学術会議が推薦した会員候補のうち六人を任命しなかった。現行の任命制度になった二〇〇四年以降、学術会議が推薦した候補を政府が任命しなかったのは初めてのこと。

 このところ、どう考えても開催できるはずのない東京五輪・パラリンピック組織委員会会長の女性蔑視発言ばかりが衆目を集める。ただ、「学術会議の推薦拒否」については当初から国民の関心はいま一つだった。報道各社の世論調査を見ても、例えばANN(10月17日・18日)のデータでは、菅首相の判断が適切だと「思う」と答えたのは二八%、「思わない」が四二%、「分からない、答えない」が三〇%である。「学術会議」なる、市民生活とはかけ離れた、小難しい匂いがする、特別な学者先生たちの話なんて関係ないわ、という感覚なのか。一方で、学術会議のあり方を見直すべきだと「思う」と答えた人が六四%もいる。「分からない」けど「見直すべきだ」…。

 前置きが長くなった。佐川さんが送ってくれた本は、人文社会系の学会三十二の「声明」を掲載してる。声明を出した学会から、代表的なものを選出したとのこと。声明第一部では「人文・社会科学系学協会」「日本哲学系諸学会連合」「日本宗教学会 理事会」…。こんな形で、声明第三部まで続く。その部ごとに、例えば、「説明しないことが民主主義を破壊する」藤谷道夫(イタリア学会会長)、「学術会議と誤情報」北野隆一(朝日新聞編集委員)、「学術会議と官邸」前川喜平(元文部科学事務次官)など、さまざまな分野の執筆者が「意見」を記す、というスタイルだ。

 佐川さんは、日本現代詩人会理事の肩書きで、声明第三部に続いて『六名は あなたであり わたしなのです』のタイトルで書く。書き出しは「表現の自由を守ることが戦後女性詩人の出発点」。

 敗戦当時十九歳だった詩人・茨木のり子の詩『いちど視たもの――一九五五年八月十五日のために――』やアジア、アフリカの詩人とも文学交流を重ねた詩人・高良留美子の詩『新しい時代』、『千鳥ケ淵へ行きましたか』などの詩集を刊行している詩人・石川逸子の詩『6名』などを引きながら、「朝鮮の文学者たちも翼賛体制で表現を弾圧された」史実をたどる。

(工藤 稔)

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