一大決心をしてイオンシネマに行った。映画『すばらしき世界』を観るためだ。映画は、出生不明、殺人など前科十犯、人生の大半を獄中で過ごした男が旭川刑務所を満期出所する場面から始まる。直木賞作家・佐木隆三のノンフィクション小説『身分帳』が原案だ。旭川の弁護士が、主人公の男が獄中で起こした事件の弁護を担当した話は小欄二月二日号に書いた。

 受刑者の詳細な履歴書・行動録である『身分帳』という原題が、映画化でどうして『すばらしき世界』になったのか、映画を観て分かった気がした。西川美和監督の「この世は捨てたものじゃないよ」というメッセージなのだろうと。

 上映は一週間で終わると聞いていた。小欄の“予告”を読んだ友人から、「観に行っていないの? そういう教条主義的な考え方は、そろそろ変えた方がいいと思うけど。七十のジジイなんだからさ」と説教された。納得したわけじゃないが、原作との違いを確かめたくて、禁を破った。そして驚愕した。大型店舗の破壊力に。

 イオンモール旭川駅前は二〇一五年春に開店した。四階建て、延床面積四万七千二百平方㍍。一階に食品などを販売するイオン、二~四階に百三十の専門店や飲食店、そして八つのスクリーンを備えるイオンシネマがある。買物公園が一つの建物に納まっている、という規模か。

 イオンモールがオープンして一年半後の一六年九月、買物公園のキーテナント、西武旭川店が閉店した。以来、買物公園はイオンで買い物をする人の通り道と堕した。西川将人市長が珍しくリーダーシップを発揮し、買物公園の回遊性を高めるとの趣旨で大急ぎで建設したキャノピーは、西武の撤退で目的を失い、中途半端な姿をさらすはめになった。

 こんな“原子力空母”みたいな商業施設の建設は、計画の段階で正しく規制されなければならないと思う。JR旭川駅に直結して、買物公園の入口に、あんなキラキラした商業施設が出現すれば、既存の、地元の、商店街は壊滅する。そんなことは目に見えている。

 小規模店舗を守るための様々な規制を求めた「大店法」に代わり、届け出だけでほとんど規制を受けない「大店立地法」が施行されたのは二〇〇〇年のことだ。米国の圧力、グローバル経済の波の一つだとされる。だが、ドイツなどヨーロッパ諸国では、地方の経済や小規模店舗を守るための「正当な規制」が行われていると聞く。無秩序な規制緩和、弱肉強食を呼ぶ自由化は、国を問わず、まちを破壊するのは明らかだからだ。

 買物公園にもシャッターを閉めたままの店舗が目立つようになった。特に五条以北は、「場末」と呼ぶほど寂しい状況だ。もちろん、イオンのせいだけではない。インターネットの普及など様々な要因が絡み合ってのことだろう。それでも、イオンの影響は大きいと推測できる。歩いていける、地域の小さな商店が閉じてしまえば、高齢者や障がいを持っている人らが“買い物難民”になってしまわないか、暮らしが成り立たなくなりはしないか。映画を観た帰り、平日の午後だというのに、人で賑わうイオンモールのキラキラした電飾の下を複雑な気分で歩いた。いささか長い枕はここまで。

 一万八千人以上の死者を出した東日本大震災から、三月十一日で十年になる。国は「復興五輪」などと、あたかも福島は復興したかのような幻想をふりまこうとするが、地震が引き金となった原発事故で、今も四万人もの人が故郷に帰ることができない状態が続く。放射能汚染からの復興など、あり得ない。除染したところで、放射能が消えるわけではない。移動させるだけだ。

(工藤 稔)

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