挨拶を交わした後、ニヤッと笑いながら「ニシン漬は、どんな具合だね」と冷やかされた。あらら、本欄を読んでいただいているのですね、恐れ多いことでありまして。で、そのニシン漬、昨夜、樽を開けてみた。まだ麹の発酵が足りないようだが、社員にも味見してもらった。お世辞でも「おいしい」と言ってもらうと、塩が多かったとか、キャベツが少なかったとか弁解しながら、内心、少々鼻を高くしてみたりして。

 五十六歳になって振り返るに、頭に浮かぶ思い出のほとんどは、食べ物がらみの光景や情景だ。例えば、修学旅行で上京した折、横浜に住む叔父、祖父母と一緒に初めてナイフとフォークを使って食べた日本食堂のエビフライ、家人との初めてのデートで上野動物園に行った帰りにガード下の洋食屋で食べたハンバーグ、昔付き合っていた彼女と…、やめよう、自ら墓穴を掘ることはない。

 ニシン漬に話を戻せば、東京での浪人時代、三畳一間のアパートに母から届いた荷物の中に、ビニール袋にきっちりと密封されてニシン漬が入っていた。「家にいた頃は食べなかったけど、もしかしたら懐かしいかもしれないと思い、送ってみます。味が変わってしまうかも知れないけど」の走り書きとともに。師走、ご飯をいっぱい炊いて、裸電球の下で食べたニシン漬の味を、僕の体が、頭が、胃袋が憶えていて、それで、この歳になって、怠け者のくせに、「漬けてみようか」となったのだと思う。

 余計なお世話だが、コンビニ弁当やら、フライドチキンやら、お手軽なファーストフードで育った現代っ子たちは、僕くらいの歳になった時、どんな食べ物の思い出を持ち得るのだろう。枕は、ここまで。

 西川市長の選挙公約の一つ「食品加工研究所」に関する会議が二十六日夜、市職員会館で開かれた。本欄で、二度ほど「たった百万円の予算で、何ができるんじゃい」と噛みついた経緯もあって、取材しないわけにはいかない。

 会議の名称は、「旭川市食品加工試験研究機能検討会議」。市長の公約は「研究所」だったが、財政状況などから「機能」となった。私は、良心的に解釈する人間だから、ハードではなく、ソフトで勝負する気だな、そう見ることにする。

 詳細は本紙前号で報じたから省くが、農協の関係者、農産物の加工を手がけている農業者、農産物を素材として使っている菓子や麺のメーカーの経営者、大学の先生ら十二人がメンバーとなって、「付加価値のある新しい農産加工食品の開発・改良」「既存素材の地場農産物への転換を進める」「迅速な技術支援対応や地域の産業特性に合った分析・加工機器の開放」「各種支援策によって商品開発の促進と生産効率や品質の向上を図る」などが目的だそうな。

 漢字ばかりで頭が痛くなるけど、要するに、「農業者と加工業者のパイプ役となって、双方の声を生かした農産品を栽培し、それを素材に旭川らしい商品を開発しよう」。そのために、「道立の研究機関や市内の大学、高専と連携」し、「試験や加工に使う機器については、市の関連施設が保有しているものを活用する」。作った商品のマーケティングや販売に関するコーディネートは「第三セクター・旭川高度化センターが担いましょう」ということだ。

 農政部が事前に、農業者や食品加工関連業者ら七十五人・社に行ったヒアリングのデータによると、「どのような支援機能を望んでいるか」の質問に、「情報提供」「販売支援」「技術支援」などの回答があったという。一方で、「意見なし」、つまり、「何も望まない」という回答が四割近い、二十九人・社もあった。

 その理由は、ヒアリングのデータと同じレジュメに記されている。農政部が、この検討会議を設置するにあたって自ら検証した「既存の支援体制の問題点」では、次のように反省している。「旭川市では、これまでも食品加工工業振興プログラムや調査結果等を踏まえ、地域ブランドの創出支援など、食品事業者に対する支援を実施している。また、平成十六年度から担当職員を配置し、保健所の試験検査機能を活用した食品の依頼試験や道立食加研等と連携した技術相談業務、各種セミナーを開催するなど、さらに支援を強化している。しかし、次のような問題を抱えているため、効果的な支援活動となっていない現状がある」。

 その問題点の一つが、「担当職員が専門的な食品加工技能を有していないため、相談相手として力不足である」のだという。つまり、「これまでも色々やっては来たけれど、私たちはプロじゃないから、詳しいことは分かりかねます」という意味だ。対策も、ちゃんと書かれている。いわく「知識と経験が豊富なアドバイザーの招聘及び育成と自前で技術を蓄積するための設備が必要である」だと。いったい、何十年待てば、市の支援体制が使い物になると言うんじゃい。

 せっかく出発した検討会議にケチをつけるつもりは毛頭ない。ただ、委員の一人の発言が的中しないことを祈るばかりだ。「こうした会議は、過去に何度も行われてきた。しかし、一度も実を結んだことはない」。紙数が足りなくなった。今号はここまでに――。

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