三年前まで、毎年六月の末になると、ケーキの注文をしていた。いつもの値段で、いつもの通り、大きさも、形も、お任せ。七月七日、敬慕する方の誕生日。お店にケーキを受け取りに参上すると、店の奥からエプロンで手を拭きながら顔を出したパティシェは、冷蔵庫から取り出した箱のふたを開ける。そして、心配気に、「今年は、これまでとはちょっと違う雰囲気にしてみたんですが、どうでしょう…」。

七月のケーキを注文し始めて十二年ほど経った〇六年秋、送り届ける相手が亡くなった。その方の告別式の折だったか、それとも偶然会った居酒屋でだったか、彼は「あの一年に一度のケーキ、僕、作らせてもらうのを、すごく誇りに感じていたんです」と、朴訥とした、それでいて心のこもった口調で話しかけてくれたのだった。

フランス菓子シェ・イリエの入江祐喜さんが亡くなった。五十三歳。パティシェとして脂が乗ってきて、菓子職人としての範疇を超え、このまちにとって大切な仕事をしてくれる、多くの人からそんな期待をかけられている中での死だった。

彼のブログ「シェ・イリエのお気に召すまま」の正月二日付けに、尊敬する先輩パティシェから届いた正月用のお菓子を紹介し、こう書いている。「常に独特であるのに、伝統に対して忠実、というか尊敬の念が感じられます。あまた居るパティシェのなかで、常に頭一つってところです。ぶれない個性の確立をめざし、今年もがんばります」。

あなたは、十分にぶれない個性をお持ちだった。ご冥福を祈りつつ、あぁ、もったいない方を失ってしまったという気持ちが、どうしても消えない…。

隣町の東川町が、新年度から生活保護を受けている一人親世帯や高齢者世帯などを対象に、「福祉給付金」を支給するという。その対象は、十八歳以下の子どもがいて生活保護を受給している一人親の世帯、七十歳以上の高齢者がいて生活保護を受給している世帯、住民税非課税で高校生がいる一人親の世帯。支給額は、一人親世帯は子ども一人当り八千円、高齢者世帯は月額一世帯八千円。町は〇九年度予算に五百二十八万円を計上したという。

「小さな町だから出来ることさ」という声が聞こえる気がする。「同じことを旭川がやろうとしたら、人口規模からしてその五十倍の金がかかる。そんなの無理、無理」と。例えに「隣の芝生は青く見える」と言うが、そうなのだろうか。

本紙二月二十四日付けのインタビュー記事「じっくり聞きたい」に登場いただいた松岡市郎・東川町長が、こんな話をしている。「私は職員時代から新しいものにチャレンジするのが好きでした。しかし、私の提案に予算が付いたことはありませんでした。だからというわけではありませんが、職員から提案があれば、ほとんど取り上げるようにしています。ハードは失敗すると取り返しがつかないこともありますが、ソフトは一つや二つ失敗しても命を取られません(笑)。人間は不思議なもので、失敗したらそれに反省を加えて、またやろうという気になります。成功したらそれに越したことはないのですが、失敗しても『またやろう』という気になることが大切です。ですから、職員、特に若い職員は大いにチャレンジすべきです」。

昨年末の「豊作祝いに、町内全戸に新米五キロプレゼント」も、「写真のまち・ひがしかわ株主制度」も、そして今回の「福祉給付金」も、松岡町長のチャレンジ精神と、それに感化され、触発された町職員のアイデアによるものだろう。

ないものねだりではないけれど、若さを期待されて就任した我が三十五万都市の首長さんよ。私のような下々の者に、まちづくりにかける熱いメッセージが一向に届かないのは仕方ないにしても、庁内の職員たちをも、「何をしようとしているのか、皆目わからない」と嘆かせるのはいかがなものか。「我が家の米の飯より、隣の家の麦の飯」という諺(ことわざ)の意味を、逆説的に噛み締める今日この頃でありまする。

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