読売新聞四日付朝刊に、二段の見出しで「日本の財政悪化 突出 14年債務残高GDP比2・5倍 IМF見通し」なる記事が載った。経済音痴を自認する私には、ふーん、日本の財政状況は、言われている通りかなり悪いんだな、程度の認識。そして、そう遠くない将来、またまた増税の嵐が吹き荒れるんだろう、との無意識の予測が頭の隅に焼き付けられて…。

 日本の国の借金は八百兆円とも、九百兆円とも聞く。加えて地方自治体の借金が二百兆円。百万円くらいの額ならばどうにかメージできるのだが、百兆ともなれば、もうどうしようもないですな。フーン、そうなの、そんな感じ。

 財務省のホームページを覗いてみると、「国の財政を考える」というページに「国の借金の状況は?」の項目があり、次のようなご丁寧な説明がある。いわく、「連年の借金で我が国の借金の残高は年々増加しており、国債残高は平成二十年度末で五百五十三兆円にも上ると見込まれています。これは、一般会計税収(平成二十年度 約五十四兆円)の約十年分に相当し、また、赤ちゃんも含めた総人口で単純に割ると、国民一人当たり約四百三十三万円の借金をしていることになります」。

 さらに、「現状を放っておくと何が困るの?」の項では、「借金の増大により、毎年その返済に追われることになると、教育や福祉、下水道や道路などの社会資本整備といった政策のために使える経費が圧迫されることになります。…借金はやがて税金で返さなければならず、公債発行による借金は、将来世代への負担の先送りにほかなりません。私たちの子どもや孫といった世代が、借金の返済に苦しむことになるのです」とある。

 国のお役人の中枢にあり、借金を重ねてきた張本人とも言える財務省のお役人に、こんな説明をされるといささか鼻白む。そして、このご丁寧な状況報告の裏に、国民よ、贅沢を言うではない、痛みはあなたたちが負うのだよ、その痛みで足りない時は、消費税を筆頭に、増税をするしか道はないのだから、そこは覚悟をしておきなはれ、という脅迫の念が込められている、と私は読んだ。

 アジアの国の幾つかを訪ねてみると、日本人がいかに“いい生活”をしているのかを実感できる。食べ物はあふれ、着る物に困ることなく、清潔で、あまりに便利、楽な暮らし。小泉構造改革で格差が広がったと言っても、総中流時代の名残はまだまただ色濃く残る。ハローワークで職を求める人たちも、えり好みしなければ、いわゆる、きつい、きけん、きたない3K、最近は休暇が少ないも加わって4Kと呼ばれる職種を忌避しなければ、求人が全国ワースト常連の旭川でも、職は間違いなくある。一千兆円の借金をしまくりながら、見せ掛けのいい暮らしを追求してきた結果だろう。

 国の借金と言っても、その貸し手の大半は国内の金融機関。金融機関に金を預けているのは国民だから、国は国民から借金しているようなもの。だから、気にする必要はない、みたいな論もあるようだが、徳政令でチャラにできるわけじゃないのだから、そうはいくまい。要は、これまでのように景気対策の名目で必要のない箱物やコンクリート製の施設を造るためにジャブジャブお金を注ぎ込んだり、そのお金の流れにお役人の天下り組織が絡んだり、そして私たち民草が過度の便利を求めないことだ。今後二十一世紀は、経済が劇的に発展することなど、個々の企業、ある種の経済分野では可能だろうが、国全体としてはあり得ない、そう肝に銘じるべきだ。そうした社会で、本当の豊かさとは何かを追求するしかない、そう思う。

 さて、借金とか、税金とかの話だが、前週、市議会議員の一人が借金のかたに自宅を差し押さえられたと報じた。市議とはいえ、金に窮することもあろう。だが、議員報酬まで差し押さえられた、あるいはその寸前の状況までいったと聞くと、致し方ないでは済まされない。議員の報酬は、私たちがなけなしの懐から捻出している税金ではないか。さらに、三十六人の市議の中には、住民税を滞納したり、督促を受けたりしている者が三人いるという。市政をチェックする議員が、税金を払わない…。来秋に向けて議会基本条例制定に向けて準備している旭川市議会、基本以前の問題があるんじゃありませんか――。

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