夜、帰宅すると、家人が「ブドウがないのよ」と言う。五年ほど前、友人から頂戴した観賞用の巨峰の、かわいい鉢植えの木を畑の隅に移植した。どうせ寒さに負けて枯れてしまうだろうと思っていたのだが、意外に丈夫なやつで、翌年の初夏には葉を出した。こうなると愛着も湧くというもので、適当な棚を作って、堆肥を入れたり、肥料を与えたりしているうちに、けなげに蔓を伸ばして、去年の夏、三房ほどの実をつけた。味は、まぁ、食べられるという程度だったが、手をかけた分、ちゃんと応えてくれるのがうれしくて、去年の秋には剪定をして、冬囲いもしてやった。

 で、今年、七房の実をつけた。去年よりも明らかに実も、房も大きい。先月中旬から次第に黒く熟して、一粒もいで味見した家人が、「もう少し待った方がいいね」などと、収穫を楽しみにしていた矢先の“ブドウ泥棒事件”だった。

 家は、堤防の脇にある。散歩や犬の散歩で堤防上を歩く人たちから、畑の様子はよく見える。夏の間、ブドウ棚の下の雑草を取るなどして面倒を見てきた家人は、「あんなもの、盗む人がいるんだねぇ。熟すのを待って取っていったのかしら。立派に実をつけたねって声でもかけてくれたら、あなたなんか気前良く、一房でも、二房でもやっちゃうのにねぇ」と怒りというより、情けなさそうにつぶやくのだった。あぁ、畑に残っているのは、長ネギと枯れかけたトマトだけになっちゃった。いつもの年よりもわびしさが募る秋…。枕は、ここまで。

 坂東徹・元旭川市長が九月二日、亡くなった。八十五歳だった。一九二五年(大正十四年)、旭川市生まれ。市職員、市議などを経て、一九七八年(昭和五十三年)に初当選して以来、四期十六年にわたって旭川市長を務めた。一九九八年(平成十年)春、同じく元市長で、官房長官も務めた五十嵐広三さんとともに旭川市名誉市民となっていた。

 その坂東名誉市民を「しのぶ会」が十八日午前十一時から、市民文化会館大ホールで行われる。市の主催。

 読者から、「坂東さんのお別れ会、ベルコが受注したのを知ってますか」との電話があった。「名誉市民のお別れ会を本州資本の大会社にやらせる感覚が、私には分からない。市内に、そうした規模の大きなお別れ会を仕切った葬祭業者がないというなら仕方ないが、最近でも、三浦綾子さんや優佳良織の木内綾さんといった、大きなお別れ会をちゃんとやっているじゃないか。郷土に貢献した名誉市民の最後の会を、いわばよそ者企業に任せていいものなのか」という話だった。

 会を所管する市総合政策部秘書課によれば、一般の物品購入や工事の発注と違って、あらかじめ業者を指名登録していないことから、市内に営業拠点を持つ八社に見積もりを出すよう依頼したのだという。「仕様書」には、祭壇の概要、遺影のサイズ、献花するカーネーションは千二百本用意する、会場内に三百インチのスクリーンに上映可能なプロジェクターを配置する、司会を一名、などの要件がある。

 見積もり合わせに応じたのは二社。六社は見積もり合わせに不参加だった。受注したベルコの見積もりは、百六十四万円。もう一社、地元の葬儀社は二百二十四万六千円。その差は六十万六千円。この見積もり合わせの結果は、市のホームページに公表されている。

 見積もりに参加しなかった経営者は、その理由を次のように話す。

 「九月十六日付けで見積もり合わせの知らせが文書で届いて、締め切りが二十七日だったから、時間がなかったのが一つ。そして、うちのような規模の会社だと、全従業員をそのお別れ会のために動員しなくてはならない。もし、葬儀の依頼が入った場合、断らなくてはならなくなる。しかも、千人以上の会だから、一週間も前から準備が必要。それらを考慮して、不参加を決めた。それにしても、まさかベルコさんが取るとは、考えもしなかった。なんたって、名誉市民のお別れ会なんだから」

 「地元に配慮する、地域企業の参入機会を増やす、という観点から、この規模の入札では一般的に五社でいい指名業者を八社にした。だが、確かに本社は旭川市にないといっても、市内で営業実績を持ち、雇用を生み、税金も納めている会社を指名から外すことには、公平性という観点からも、ならない」という担当課の説明も分かる。

 だけどなぁ、何だかなぁ、例えてみればね、寿司屋のカウンターで、ねじり鉢巻の大将に、「照り焼きハンバーガーとフライドポテト、コーラはLサイズー」って注文しているみたいな、落ち着かない気分で献花することになりそうだと感じるのは、私だけか。

 その一方で、地元の葬儀業界も、例えば北海道葬祭協同組合旭川支部という団体として、「名誉市民のお別れ会なんだから、どうしても地元の我々業界が受注しようじゃないか」くらいの気概を持って、市に折衝したらどうか、とも思う。名誉市民のお別れ会なんて、そうそうないだろうけれど、次の機会には、もう少し市民感情に似合った形が取れるよう、市にも、業界にも、お願いしたいものだ。

ご意見・ご感想お待ちしております。