二〇二二年五月十日号の小欄で、私は次のように書いた。旭川ゆかりの詩人の名を冠した小熊秀雄賞の話である。

 ――今回の受賞作は、アイルランド在住の津川エリコさんの詩集『雨の合間』(デザインエッグ)だった。四月九日に行われた最終選考会。四人の選考委員が詩集を振りかざし、文字通り口角泡を飛ばす、四時間に及ぶ激論の末に選出した。
 海外からの応募は何回かあったと記憶するが、受賞は初めてである。しかも、日本との時差が八時間のアイルランド。受賞の知らせはメールである。「特集」にあるが、津川さんが旭川で高校、大学まで過ごした方だと、津川さんから受賞のコメントが届いて知らされた。しかも東高時代、小熊が戦後日本の文壇で再評価されることに大きく貢献した佐藤喜一さん(一九一一―九二)に国語を習ったという。
 不思議な縁を感じる。小熊秀雄賞は一時、〇七年の第四十回で終わると発表された。市民有志が「継続しよう」と声を上げ、市民実行委員会が結成された。小熊が表現者としての第一歩を踏み出したのは当時の「旭川新聞」の記者としてであった。小紙「あさひかわ新聞」とは何のつながりもないのだが、行きがかりというか、成り行きというか、いま、事務局を預かっている。小紙も、廃刊になった地元紙の社員が中心になり、多くの方の支援を得て三十年前に創刊した。
 市民実行委員会の運営委員の中にも、佐藤喜一さんの教え子が複数いる。高校時代、佐藤先生の元で詩を書き始めた津川さんが、半世紀以上の時を経て、アイルランドから小熊賞に応募し、小熊秀雄賞を受賞する。幾つもの偶然が積み重なって、奇跡のように糸がつながった、そんな感覚…。(引用終わり)

 この第五十五回小熊秀雄賞を受賞したアイルランド在住の津川エリコさんの詩集『雨の合間 Lull in the Rain』の再出版をクラウドファンディングで実現しようというプロジェクトに、地元旭川の出版社、ミツイパブリッシングが取り組み、二月末、見事目標の百十万円を達成した。今は絶版になっている日英二言語詩集『雨の合間』が四月五日、全国の書店に並ぶことになる。

 以下、アイルランドの津川さんからクラファンの応募最終日に届いたメッセージ。

 ――この度のご支援、有難うございます。感謝の気持ちでいっぱいです。
 去年の十一月に始まったこの『雨の合間』再出版プロジェクトも残り数時間となりました。二月二十一日に、目標額に達することが出来ました。
 応援してくださった一人一人の皆様のおかげです。プレゼンターの中野(筆者注・葉子)さんから、『雨の合間』再出版のお話があったときには、半信半疑でした。
 それを、クラウドファンディングで、と聞いたときには驚きました。詩集はちょっと一般受けしないのではと思ったのです。中野さんが「目標額に達しなくても出版する」と宣言されたときにはもっと驚きました。中野さんのこの心意気が多くの方々に通じての成功でした。
 本は、すでに、製本の段階に入っていると聞いています。「仮フランス装」という装丁でヨーロッパの製本伝統の名残りと日本の細やかな職人気質が融合した印象です。私は今、肩の荷をおろして、この美しい本(の写真)に見入っています。
 お力を貸してくださったこと、心からお礼申し上げます。津川エリコ

 十二月一日に目標額百十万円を掲げて始まったクラファンは三カ月間で、延べ九十人が協賛し、百十七万八千五百円を集めた。現代詩集という地味な本の再出版プロジェクトに、よくぞ九十人もの人が身銭を切って参加してくれたものだと、改めて世も捨てたもんじゃないなぁと思う。

 ここまで書いてきて、たったいま、ミツイパブリッシングの編集者中野さんが、出来立ての『雨の合間』を届けてくれた。

(工藤 稔)

(全文は本紙または電子版でご覧ください。)

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