正念場のはずの福島競馬での成績が、今ひとつパッとしない。レース中の位置取りが後ろ過ぎたり、最後の直線では前の馬が壁になって行き場をなくす場面が目につく。「レースの見方がまだまだ」と丸ちゃんにダメ出しされている私にもわかるくらいだから、丸ちゃんが気づかないわけがない。週中、美浦トレセンで会っても、表情が冴えなかった。

 「去年は何もわからずレースに乗ってましたけど、その頃は見えなかったものが、今は見えるんですよね。ここで動いたらこの先、どうなるかも読めて怖いんですよ。例えば挟まっちゃう(馬と馬との間に)なあとか…」と、丸ちゃんはしゃがみこんでボソボソと話し始めた。丸ちゃんのレース振りが消極的に映る理由はそのあたりにあるようだ。「自分でわかっていることを周りからも言われるし、トレセンから逃げ出したいです」とか「とてつもなくへこんでて、どうでもいいというか、何もしたくない状態ですね」など、ネガティブ発言がその後も連発される。

 まるで出口のないトンネルに嵌ったような感覚なのだろうが、悲観する必要は全くないと話を聞きながら思った。それまで見えなかったものが見えるようになった…これは明らかに騎手として成長している証拠なのだから。今の状態はレベルアップするための試練。怖いという気持ちを振り払うのではなく、それを認めた上で、今の状態でできるベストの騎乗をしていけば、道は必ず開けていく。私にはそういう確信があるのだが、壁にぶちあたっている人にそれを言っても反発されるのがおちなので、ひたすら彼の話に耳を傾けていた。

 悩める現状をひとしきりしゃべり終えると「もう帰って寝ます」とおもむろに立ち上がり、差し入れの伊勢名物「赤福」が入った袋をぶら下げて、丸ちゃんは去っていった。その後ろ姿に向かって「赤福食べて元気だしてね」とつぶやいた。

 多少、不調気味でも、丸ちゃんへの騎乗依頼は後を絶たず、毎週の乗り鞍は相変わらず多い。それは騎乗技術云々よりも、誰からも可愛がられる彼の人間性によるものだと端から見ていてもわかる。なのに、結果が伴わず、周囲の期待に応えられない。スランプの理由もある程度わかっているだけに、本人は相当辛いだろうな。でもこの壁としっかり向き合って、ともかく一鞍、一鞍、大切に乗ってほしい。こんなことを書くと「わかってますよ、僕だって」と丸ちゃんに言い返されそうだけど。とりあえずこれまで通りに温かく見守って、また丸ちゃんの大好きな甘いお菓子でも差し入れることにしよう。

「スランプの時は現実逃避したくなっちゃいます…」とちょっぴり元気のない丸ちゃん