「AI(アーティフィシャル・インテリジェンス=人口知能)」という言葉が大はやりだ。トランプ大統領がAIではなく、SI(スーパーインテリジェンス=超知能)と呼べと命令したとか、何だかよくわからない情況になっちゃって。AIだかSIだかに、仕事を奪われてしまうのか? アナログおじさんはどうしていいのかオロオロするばかり。そんな困っちゃった状態の頭でネットを彷徨(さまよ)っていたら、朝日デジタルの「(AI時代に何を読む? Re:Ron) 知性の『筋トレ』格差が拡大」の見出しに目がとまった。
佐藤美鈴記者がノンフィクションライターの稲田豊史さんにインタビューした記事だ。なんとなく、このモヤモヤした気分を晴らしてくれそうな気配を感じ取った。まず稲田さんのプロフィールを。【いなだ・とよし】一九七四年生まれ。映画配給会社、出版社を経て独立。著書に『ぼくたちの離婚』『ポテトチップスと日本人』など。とある。以下、インタビュー記事。
本を読めなくなった人たち
――『映画を早送りで観(み)る人たち』を二〇二二年に出版し、多くの反響をいただきました。その後、若者たちにグループインタビューを重ねて、今年二月に『本を読めなくなった人たち』を出しました。
SNSなどの短文や動画が増え、元々読めていた人もその筋肉を使わなくなり、衰えていくように長文を読めなくなっている。マスコミも動画や短文にシフトし、「読むことはそんなに合理的じゃない」という空気が発せられている。長い文章を読むことがあまり推奨されなくなった社会を指して、「非読社会」と表現しました。
SNSやネットを通じて、昔よりずっと文字には触れている。けれど、見てはいるけど読んではいないのだと思います。
――「読む」というのは、膨大な情報を自分の中で再構成すること。特に本は緻密(ちみつ)に組み上げられた論理の塊。知識をただ追加するのではなく、元々ある知識体系と結びつけたり、組み替えたりして自分の知性そのものを変えていく。
(工藤 稔)
(全文は本紙または電子版でご覧ください。)
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