私が小欄で取り上げることで、当人にとって何かプラスになることがあるのか、はなはだ疑問である。その旨を伝えて違う方法をとるよう強く勧めたのだが、彼女は次のように主張して持論を曲げなかった。夫が亡くなったのは「医療過誤である」として病院と医師を訴えて八年、間もなく訴訟が結審するという。
――地元新聞が、「市内の病院では、こんな間違ったことが行われているよ」と伝えることで、今まで知らなかった人が医療過誤について知ることになる。それだけでいいんです。裁判に良い影響を与えるとか、そんなことは期待しません。たくさんの人に、医療機関の理不尽な行いを知ってもらうだけでいい。裁判が終わって、あの医者や看護師たちがのうのうと無罪放免になると思うと、変になってしまいそうになるんです。
知人を通じて「話を聞いてほしい」と伝えてきたのは、八十歳の女性。一歳年上の彼女の夫は二〇一五年一月三十日、市内の病院で亡くなっている。夫婦とも元教員だ。一二年二月、自宅で倒れ、病院に運ばれた。急性心筋梗塞だった。手術で一命を取りとめたが、遷延性意識障害、自力で動けない状態になった。二度の転院を経て一五年九月、市内の百床以上の病床を持つ病院に移った。
夫は喉にカニューレを装着していた。呼吸の補助や痰(たん)などの分泌物排出・管理を行う医療器具である。彼女の日記を書き写す。
五月一日(火) 午後、いつものように病室へ行き夫の状態を見た途端、異変を感じた。カニューレを差し込んである穴(切開部位)から、多量の水分が漏れ出て、病衣が胸や首の周りだけでなく、首の後ろや背中の方まで濡れていた。まだ寒い日だったので病衣の交換をしてほしいと思った。
いつもは午後一時二十分頃には病室にいない看護師なのに、私のすぐ後方に立っていて、「午前中にカニューレを交換した。今までのモノが入って来なくなったので試供品に換えた」と言った(K看護師)。そして、夫のベッドの斜め向かいの患者の手当をしていた介護士が「(病衣は)さっきも取り替えたばかり」と言った。そのとき、一体何が起こったのだろうと思った。火曜は入浴日で、「もうすぐ入浴だから、その後で病衣交換する」とも言った。
(工藤 稔)
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