小紙の毎月第一週号に「ケン坊の 出会えたらちょっと幸せ」を寄稿している獣医師の武藤健一さんから、十一月の原稿が届いた。メールの短信に、同じ第一週号に掲載された元道新旭川支社長の高田正基さんのコラム「時を紡ぐ言葉」についての感想があった。武藤さんは福島県の生まれ。毎春、大震災の被害を受けた故郷を定点観測のごとく訪れている。科学者である武藤さんは、“趣味の人”でもある。近ごろは短歌をひねり始めたらしい。高田さんは十月のコラムで、宮城県気仙沼市出身の歌人、梶原さい子さんの著書『震災短歌ノート 東日本大震災ののちに』(短歌研究社)にある短歌を紹介しながら、メディアの災害報道について自戒の念を込めて書いている。寄稿者同士の紙面を通じた交流は小紙では珍しい。武藤さんのメールを紹介しよう。
――高田正基さんの『時を紡ぐ言葉』の第八十四回、『それでもなほ人ら喪服を調へんとす』を読みました。東北地方・太平洋沿岸の各地で、ここに書かれていたようなことが数え切れないほどあったのだと思います。どれも、生々しく、苦しく辛い思いに満ちていて、言葉も出ません。
この回の最後に、高田さんが書かれていた「メディアの災害報道は被災地の現実のほんの一部でしかない。そう思い知った。」という一文、マスメディアの中枢にいた高田さんの想いだけに、外野の私もとても重いなと思わされました。
ただ、物事の軽重を言うつもりはまったくありませんが、福島ではこれに原発の被害が加わったために、捜索することすら不可能で、救いを求める声は聞こえていたのに、助けることが出来なかった命も少なくなかったのです。
(工藤 稔)
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