お盆を過ぎるとめっきり涼しくなった。夜、タオルケット一枚で寝ていて、寒くて目がさめると、窓を開けたままだったと気付く、なんてことが時々ある。暑い八月は終わったのだ。

 新聞でもテレビでも、夏は「あの戦争」を取り上げる。広島・長崎の原爆も、父母の世代が体験した「十五年戦争」が終わったのも八月だからなのだろう。ここ数年、「あの戦争」に対する見方がずい分変わって来たような気がしている。まぁ、極右の女性衆議が総理大臣に就く時代なのだから当たり前か。なんだか鬱々(うつうつ)とした気持ちでネットを彷徨っていたら、朝日のインタビュー記事を見つけた。書き出しはこうだ。

 ――「あの戦争」から八十一年が経ちました。戦争体験者が激減したことで、日本人の「戦争観」は変わりつつある――。長年研究を続けてきた吉田裕・一橋大学名誉教授はそう指摘します。どういうことなのでしょうか。

 インタビュアーは東京社会部の棚橋咲月記者。「戦後八十一年、高市早苗政権は防衛力強化の路線に次々とかじを切っています」と水を向けると、吉田先生は答える。

 ――かつてであればもっと大規模な反対運動が起きてもおかしくありませんでした。戦争体験世代がゼロに近くなり、「重し」が崩れてしまいました。

 ――日中戦争を含むアジア・太平洋戦争の戦死者は二百三十万人とされ、その多くが最後の一年間に死亡したと推定されています。米国との戦力差が圧倒的になり、無残な大量死を生みました。その結果、「戦争はもうこりごりだ」という、戦争体験者の実感に根ざした平和主義が保革の枠を超えて強固に形成されました。

 記者が合いの手を入れる。「強固だったはずの平和主義が揺らいでいると―」。

 ――戦前に徴兵検査を受けた最後の世代は一九二六年生まれで、今年百歳です。かつては自民党内でも過去の戦争に対する反省を真摯(しんし)に考えていた人は少なくありませんでしたが、世代交代が進みました。高市氏が若手時代の九五年、国会で『少なくとも私自身は、当事者とは言えない世代ですから、反省なんかしておりませんし、反省を求められるいわれもないと思っております』と発言したのは象徴的です。

(工藤 稔)

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