「過剰反応」と言うのか、履き違えた「安全信仰」なのか、私たちの社会はどこでこんなバカな常識を獲得してしまったのかと、ため息が出た。大阪市の建材メーカーが、建物の防火用断熱板を製造する際、偽のサンプルを使って試験を受け、国の認定を不正に取得していたという事件。食べ物だけでなく、お堅い建材の世界まで偽装かい、という話。 …。

 ため息は、その断熱板を使っていた富山県の中学校の反応。給食の調理室の天井に、くだんの建材が使用されていたことが判明し、学校は給食の調理を取り止めたというのだ。テレビのニュース番組は、コンビニから調達したというおにぎりを給食として与えられた生徒たちの姿を映し出し、キャスターは「関係者に不安が広がっています」だと。

 あのねぇ、確かに偽装はいけません。もしも火災が発生したら、それ相応の影響はあるでしょうよ、そのための断熱板なんだから。でもねぇ、調理室が建てられてから過去数年間、何の問題もなかったんでしょう? 万一火事になったら大変だー、というだけのことなんでしょう? テレビのキャスターが言う、不安なぞ、広がりっこありません。安全の面だけで考えれば、調理する人たちが当たり前に火に注意して、冬休みか春休みに改築すればいいだけのことじゃないか。煽っちゃダメよ。

 交通事故による死者は、全国で年間六千三百人にのぼる。一日平均十七人が交通事故で命を落としている計算だ。道を歩かない、車に乗らない、外に出ない、家にいるのが一番安全なんて、今でも、その兆しがあるのだが、そのうち真面目に引き籠もりが推奨される世の中になっちゃうんじゃないの? 枕は、ここまで。

 東北・北陸地方に仕事で出かけた知人の述懐。「山形、新潟、長野、石川、どこに行っても当たり前のように柿の木があり、たわわに実をつけていて、実に美味そうだった。ところが石川県でも山形県でも『誰も取っていく人はいないよ、渋柿だもの。昔は各家庭で干し柿作ったんだけどね。今は誰もそんなことしないから、熟して落ちるだけ』と言う」のだそうな。晩秋、たくあんやニシン漬のための大根を干す光景が、ここ十年ほどの間にほとんど消えてしまった我がまちと同じく、庶民が自分の口に入る食べ物を作らなくなっている状況が、東北や北陸地域にも顕著だということだろう。

 「うるかす」という北海道弁がある。水に浸して柔らかくする、余計な脂分を抜く、つまり調理の下準備に多く用いられる。ニシン漬のニシンは米のとぎ汁に一晩、豆も、干瓢(かんぴょう)も、ひじきも、切り干し大根も、「うるかして」から煮る。無洗米が登場し、コンビニ弁当やスーパーのお総菜が完璧に近く充実した、忙しい世の中が当たり前の若い世代には「うるかす」は、すでに死語かも知れない。

 卵を産まなくなった「廃鶏」を調理して「地鶏」のパッケージで売りさばいた食品加工業者が騒がれた。騙した会社はひどい、悪い、と思う一方で、「やっぱ、比内鶏はうまいよな」と偽物に舌鼓を打った購入者が哀れだ。いや、もしかして、短期間で無理やりに太らされたブロイラーよりも、卵を産み続けて脂分が落ち、肉が筋ばって噛みごたえがある廃鶏の方が、味付けによっては実際に美味かったんじゃないか? と揶揄したくもなる。

 昔、社会人になって初めて勤めた会社の社長の言葉を思い出す。「面接なんかしなくても、一緒に飯を食えば、そいつの性格が分かる。一生懸命働くか、働かないか分かる。親の顔まで想像できるぞ」と豪語していたのを。庶民の食文化が廃れる国に、地方に、文科省がいくら道徳教育を施したところで、画にかいた餅だー。そう言えば、餅の偽装もあったっけ。

ご意見・ご感想お待ちしております。