過日、市内のある菓子メーカーの経営者と話をしていて、「あぁ、これは他の多くの組織や会社に当てはまる実例だなぁ」と納得した。彼いわく、「白い恋人の事件が、うちの会社を、社員を強くしてくれた」。そのメーカーは、旭山動物園人気の波及効果を上手に取り込んで、新しい商品の柱を作り出し、併せて従来の販売態勢とは違う流通ルートを新たに開拓した。

 「日本一厳しい規格を要求する販売グループと取引することで、私自身も勉強せざるを得なかったし、万一、髪の毛が入っていた、原料表示が違っていたなどの事故が起きたら、有無を言わせず大量の返品が押し寄せるという緊張感の中で仕事をする社員たちが、自ら勉強するようになった。何より、これでいいかぁ、などという甘えがなくなった。これほど変われるものなんだと、正直驚いている」と感慨深げに言う。

 この経営者の逸話は、不二家の偽装騒ぎが起こっていた今春にも、次のように紹介している。

 「不二家の事件が大きく報道される、ちょうど一年ほど前、クリスマスから年末の繁忙期を見越して仕入れた牛乳が余ってしまった。期限切れ寸前。仕入れ値にして三十万円、商品にすれば百万円になる食材です。現場からは、味も、匂いも、全く問題ない、どうしますか、と言って来た。私は、迷いませんでした。全社員を集め、その目の前で、三十万円分の牛乳を廃棄しました。食に関わる仕事をしている者の矜持と言うか、責任と言うのか、その意識を社員と共有しなければならないと思ったんです。それがなければ、不二家の二の舞です」

 今回話を聞きながら、この老舗の菓子メーカーが、スピード最優先の風潮に抗しながら名物の味を守り、時間をかけて着実に、社員と自分たちが製造する商品に対する意識を共有して、景気低迷が続く旭川で新たな商品を生み出し、新規の販売ルートを切り開く姿勢は、このまちの企業にとどまらず、市政のお手本、教訓になるのではないか、そう思った。

 後日、市の職員と話した。本欄を毎週読んでくれている、読者でもある。西川市長のことを「政治家としての実績も、行政の経験も全くない方が、突然、幸運にも市長になっちゃった。役人の手のひらで踊らされるしかない」と書いた私に、こう言った。「市長になって一年。あなたのコラムに書かれている批判が当たらずとも遠からず、という部分があったのは事実だが、最近は随分変わってきていると思いますよ」。

 市役所の人事の話になった。「市長のすぐ下にいて、責任を取ろうとしない人間が職員を動かせるはずがない。私が若かった時代、乱暴者の私に『責任はオレが取るから、お前は、自分がやりたいことを、やりたいようにやれ』とハッパをかけてくれる上司が、何人かいたものです。役人組織の人事評価は、減点主義なんです。新しい仕事に挑戦して失敗したら、減点。だから、お利口な職員はチャレンジなんてしない。前例に従って、自分に与えられた範囲だけの仕事を、絶対に安全な方法で、上司に逆らわないで、周囲の同僚たちから目立たないように、おとなしくやる、それが鉄則なんです。いま、この組織に必要なのは、『責任はオレが取るから、思い切ってやってみろ』と本気で指示できる上司。そして、役人の型にはまらない、良い意味での乱暴者を登用して、思い切り仕事をさせられる人事評価です。三千人を超える“社員”がいるんですから、能力を持った変わり者は、たくさんいますよ」。
菅原前市政の時代、市長と話をしていて「有能な若い職員を抜擢してはいかがですか?」と問いかけたことがある。前市長の答えは、「抜擢というのは、難しいんですよ。いろいろハレーションが起きますからね」だった。確かに、そうした面もあるだろう。安定した組織の中にいる人間にとって、余計な波風は立たない方がいいのだから。が、旭川市はいま、市職員の給料を減額しなければならないほどの危機的状況にある。民間企業に置き換えれば、「おい、給料カットだぜ。うちの会社、危ないんじゃないか」と社員が浮き足立つ場面ではないか。

 若き市長の公約だった機構改革がようやく行われるようだ。部や課の名前が変わったり、厳しく税金の取り立てを行う部署の新設がもたらす効果に淡い期待をかけながら、来春、どんな人事を断行するのか、西川市長の組織のトップとしての能力を市民が知る、初めての機会となるだろう――。

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