子どもの頃、「水蜜」と呼んだ。桃のことだ。ふくよかな形、甘く、何とも言えない良い香り、皮に柔らかい毛が生えて、大事に扱わなければ崩れてしまいそうなはかなさが、貴重な食べ物という思いをさらに深める。若かりし頃、「モモコ」という名の子に袖にされたほろ苦い思い出も手伝って、私にとって桃は果物の中でも特別な存在だ。家人には内緒だけど。

 二十一日付の朝日新聞朝刊に、「おいしいふくしま、できました。」のキャッチフレーズで、全面広告が載った。桃色の文字とふっくらと熟した桃の写真。「ふくしまのうまいもの、僕たちも大好きです!」と福島産の桃をはじめとする果物など食材をPRする福島県の広告だった。

 流通団地の卸売り市場の社員から、生産量は山梨県に次いで国内第二位だが、道内で出回る桃では福島県産が一番多いと聞いた。彼は「去年の夏は、いつもの年の半値以下の値段でも売れ残ってね。今年は、回復してほしいですよね。厳格な放射能検査をして、安全を確認したものしか出荷しないから、他県のものよりもむしろ安心なんだけど、イメージがねぇ」と顔を曇らせた。

 もう還暦を過ぎた身としては、その影響が具体的に体に出る頃には、すでにこの世にいない確率が高いから、とか何とか言いながら、店頭で福島産と山梨産の水蜜が並んでいて、値段が同じならば、さて、どちらを手に取るか。いやいや、福島産の方が値段が安かったら、どうするか。はたまた、その逆の場合は。

(工藤 稔)

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