父親が旧国鉄に勤めていた関係で、子どもの頃、あちこちに引っ越しした。小学校は道北の三つの町や集落で過ごした。稚内近郊の複式の小学校(一・二年生、三・四年生、五・六年生が一つの教室で学ぶ)を卒業した春、父は石狩沼田駅に転勤になり、僕は町立中学校に入学した。同級生十二人の小学校から、一学年四クラスの大きな中学校への転校だった。

 寒冷の稚内地域はコメがとれない。畑では、せいぜいジャガイモ。あとは酪農である。農耕や運搬の動力は、主に馬だった。引っ越したコメがとれる町では、馬はほとんど見られず、トラクターが主役だった。石狩沼田は札沼線の始発駅でもあり、鉄道官舎には三十以上の家族が暮らす、鉄道の町でもあった。まだ蒸気機関車が走っていたころ。いま思えば、国鉄の黄金期の最後の時代だったのだ。

 留萌本線の深川―石狩沼田間が三月三十一日の運行を最後に廃止される。同線は、二〇一六年に留萌―増毛間が、二三年には石狩沼田―留萌間が廃止されている。この深川―石狩沼田間の廃止により、一九一〇年(明治四十三年)に開業した留萌本線は全線でその歴史に幕を下ろすことになる。

 新幹線やリニアモーターカーには兆円単位の金を注ぎ込んで赤字も厭(いと)わず、地方の鉄道は費用対効果を振りかざして容赦なく切り捨てる。初の女性首相は「日本列島を強く、豊かに」と声高らかに叫ぶけれど、鉄道のある風景に対する価値観は、その対極にあると思う。この感情は、鉄道員の息子である僕固有のものではないだろう。同僚の記者は、「車を運転できない高齢者は、沼田から例えば旭川の病院に、どうやって通うんだろうね」と言う。「車を運転できる人ばかりじゃないからね。困るのは、社会的弱者だよ」と。廃止になる前に、鉄道を使って沼田に行ってみようと思う。もう、それほど時間がないな…。

 その日本初の女性首相が訪米し、米東部時間十九日(日本時間二十日)、トランプ米大統領とホワイトハウスで会談したと新聞でもテレビでも華々しく報じられた。二十一日付朝日二面の記事「時時刻刻」の本文の冒頭を引用しよう。

 ――ホワイトハウスで出迎えを受けた高市早苗首相は、トランプ米大統領と笑顔で握手を交わし、トランプ氏の肩に左手を乗せ、ハグ(抱擁)した。

 「世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルド(トランプ氏)だけだと思う」。大統領執務室で開かれた会談の冒頭では、首相は自ら中東情勢に言及してトランプ氏を持ち上げ、「応援をしたい」と踏み込んだ。

(全文は本紙または電子版でご覧ください)

(工藤 稔)

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