久しぶりに旭山動物園に行った。動物ではなく、人を見るために。友人の飲食店の経営者が、「なんとかならないものか」と言い出したのだ。「入園者が三百万人だとか、上野動物園を抜いたとか騒がれているが、オレに言わせれば、客のことを何も考えていない施設としか思えんのだ」と。で、現場を確認しようではないか、ということで、還暦を目前にしたオヤジ二人、腕は組んじゃいないが、連れ立って旭山に向かった。

あいにくの雨。それでも園内は傘を手にした大勢の入園者だ。まずは、あざらし館に向かう。彼が主張するのは、アザラシの姿を目の前で見ることができる筒状のマリンウエイの周りに、限度を超える人だかりが出来た場合は、せめて五十センチの間隔でいいから、柵のようなものを設置すべき、ということ。その理由は、マリンウエイに密着している人で、後ろの人はほとんど見えなくなる。背が低い人、子ども、お年寄りなど、ハンディのある人は、群がる人の背中だけ眺めなければならない。筒から五十センチの間隔を取れば、そうしたことがある程度は緩和するのではないか、と。

次は、ほっきょくぐま館へ。雨が降りしきっているというのに、入り口には長蛇の列。聞けば、二時半の「もぐもぐタイム」が迫っているため、館内の良い場所を確保した人が動かないのだそうな。皆さん、文句も言わず、傘をさして、いつ来るか分からない、見させてもらえる順番をじっと待ち続けている。

私を連れ出した彼は言う。「遠来の客を連れて何度も来ているが、水の中を泳ぐホッキョクグマの姿をまともに見たことはない。クマがダイビングするガラスの水槽の前は、ほとんどいつも人で埋まり、しかもピッタリと密着しているので、一番前の人か、その後ろの列の人しか、見ることは不可能だ。一段高くなっているスペースもあるが、そこも同様の状態。あのガラスの水槽の前にも、せめて五十センチの隙間を作るように柵を設置できないものか。かなり状況は緩和すると思うんだ」。

私は「混雑する時間帯に行くからさ。朝の開園直後とか、午後の遅い時間とか、選んで行けばいいじゃないか」と軽くジャブを入れてみた。すると彼は、烈火のごとく怒った。「オレたち、地元に住んでいる人間のことを言ってるんじゃないんだ、オレは。客の多くは団体で、ツアーのスケジュールに合わせて、決められた時間帯に、限られた時間のうちに、テレビや新聞や雑誌や、旅行社の美しいパンフレットや…、アザラシが自分の目の前にいたり、シロクマが足の裏を見せてターンしたり、そんな光景が見れると思って、やって来る。人の背中しか見れない状況なんて想像もしていないはずだ。旭川市民は、空いている日の、人が少ない時間帯を選べるさ。だが、市外からやって来る観光客は、違うだろう。その人たちをがっかりさせて、何が日本一だ」。

彼の提案は、一つは、非常に混雑する状況になったら、ガラスの筒や水槽から、最低五十センチの間隔を取れるよう柵のようなものを設置する工夫。そして、ホッキョクグマの水槽の前は、劇場のような、昔のサーカス小屋のようなと言えば分かってもらえるかな、小さな段差を付けるような構造にすること。そして、多少のお金は必要だが、両方の館の出入り口のホールの空間に、生中継の大型ビジョンを設置すること。背が低かったり、気が弱くて人を押しのけられなかったり、とにかく中に入れなくても、アザラシやホッキョクグマの生の映像を見ることができるじゃないか。わざわざ動物園に来て、どうして動物をテレビ画面で見なければならないんだ、という反論もあるかも知れない。だが、人の背中だけ見て、がっかりして帰るよりは、百倍ましだ。

以前、この欄で「入園料の格差はいけない」と書いた。今回、初めて「市民特別割引価格」で入園して、あのときの主張はやはり間違っていなかった、と確信した。私たちは西門から入った。自動券売機があるが、「市民割引」の場合は使えない。身分証明書が必要だから。そして、料金表示板の「市民割引」の文字も、なんとなく控えめ。目立たない。多分、割引制度を知らない多くの市民が、黙って正規の八百円を支払って入園していることだろう。だって、私が「大人二枚」と窓口にお金を差し出すと、窓口の女性は、市民なのか、そうでないのか、何も質問せずに入園券をくれそうになったもの。私が「市民割引あったよね」と申し出て初めて、「何か証明するものを」と要求された。私は、動物園も、市外からの来園者に対して、地元民だけを優遇する割引制度は、何となく後ろめたいんだな、という空気を読み取った次第。

もう一つ、動物園の入り口の発券所には、市のピッカピカした若手の職員を配置すべきだ。動物園に来た来園者が、初めて接する園のスタッフだ。第一印象は肝心だし、何より旭川を代表する施設の最前線で、お役所仕事ではない、金を払ってやって来る客と相対する経験を積むのは、その後の仕事に大いに役立つはず。

枕のつもりが、あらら…。改めてお断りするが、飲食店の亭主の彼も、もちろん私も、ケチをつけたいのではない。いい動物園になってもらいたいから言う。ご理解を。 (工藤 稔)

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