十月十七日朝九時半から、八時間を超える手術を受けた。手術室に向かう途中、ラウンジで家人が手を振ってくれた。新型コロナ感染対策で面会・会話は禁止である。それから先のことはほとんど記憶がない。

 読んでくれる方の何かの参考になるかも知れない。今回の入院・手術・退院の経過を書いておこう。

 胃がもたれる感じがして、しばらく検査をしていないから、この際、胃カメラを飲むか、という気になったのが五月のこと。しばらくウジウジしていたが、覚悟を決めて掛かり付けのクリニックで胃腸科の病院を紹介してもらった。その病院とは縁がなく、再度紹介を受けたクリニックの医師が事前のエコー検査で「変なものがある」と見つけてくれた三カ所の大動脈瘤の手術のため、六月から十二月にかけて入退院を繰り返した。最後は、新型コロナ陽性者として隔離病棟に放り込まれるオマケまでついて、入院は都合四回になった。その最後の隔離がきつかった。何度脱走しようと考えたことか。

 一回目と二回目の手術は、下腹部に穴を二つ開けて、腹・胸部にある大動脈瘤にステントグラフト(人工血管)を留置する手術。記憶にないが二回とも二時間ほどだったと思う。この時も、ベッドに寝かされて手術室に向かう僕に家人が励ましの声を掛けて手を振ってくれた。手術室に入り、麻酔科の医師と言葉を交わした後は、ほとんど記憶がない。特に二回目の手術は、時間が短かったせいか全く覚えていない。

 ただ、六階南病棟の六二五号室に戻ってから、一回目の手術後の体験から、局部に挿入された管を早く抜いてほしいと看護師に訴えたことは憶えている。何とも言えない違和感があるのだ。「先生に聞いてみますね」と看護師は答えた。「尿瓶(しびん)を使うことになるけど、いい?」とも。どこかで見た記憶がある、ガラス製の尿瓶の形が思い浮かんだ。人生初の大手術の直後のこと、局部は身をすくめているに違いない。「あの穴に差し入れるのは、とても無理だ」と思った。粗相は避けられまい。「この管、何時間入れていなくちゃならないの?」と尋ねた。「二時間くらいかな…」と看護師。「二時間なら、なんとか我慢します」と答えた。

 うつらうつらの二時間が経過して、管を引き抜く。とても痛い。そして最初の排尿の瞬間も激痛を伴う。思わず声を上げてしまうほどイ・タ・イ。それでも局部に管を差し込まれている状態から解放された喜びは大きい。首輪にリードを付けられていた犬が屋外で放された瞬間は、こんな感じか。自由バンザイ…。

 いま、考えると、この二回目の手術の後くらいから、私の「譫妄(せんもう)症状」が始まっていたのだと思う。

 【譫妄】意識混濁に加えて幻覚や錯覚が見られるような状態。寝ている人を強引に起こすとこのような症状を起こす場合があり、主にはICU(集中治療室)やHCU(高度治療室)で管理されている患者によく起こる症状。大手術後の患者(術後せん妄)、アルツハイマー病、脳卒中、代謝障害、アルコール依存症の患者にもみられることがある。

 以下は、三度目の手術の後、昨年十二月初旬に書いた、私の「闘病日記」のようなメモの一部である。

(工藤 稔)

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