夫婦とも七十歳を過ぎた。私は二〇二二年初夏の大病発症で一線を退き、給料は小遣い程度になった。老夫婦の家計は年金だけが頼りである。「高額療養費の負担限度額引き上げ」についてのニュースが流れるたびに、家人が身を小さくする気配を感じる。彼女は小声で言う。「貧乏人は病院に行かずに死んでもいい、という意味なのね」と。
二月二十八日配信の朝日デジタルの記事を引用しよう。
――医療費の患者負担に月ごとの限度を設けた「高額療養費制度」の見直しをめぐり、石破茂首相は二十八日、三段階で予定していた限度額の引き上げについて、第一段階の今夏は実施する一方、二〇二六年と二七年はいったん凍結し、今秋までに再検討する考えを表明した。「政府として、患者団体を含む関係者の意見を承った上で、改めて方針を検討し決定したい」と述べた。
衆院予算委員会で、立憲民主党の野田佳彦代表の質問に答えた。患者団体などの声を受け、長期間の治療が必要な人の負担増を見送る方向としていたが、さらなる対応を示した。一方、野田氏は二五年の引き上げを凍結し、患者団体らを交えて一年間協議することを求め、議論は平行線だった。
第一段階の今夏には、現行の所得区分ごとに二・七~一五%の増額を想定。七〇歳未満の真ん中の所得区分の場合、限度額の計算のもととなる基準額は八千百円増の八万八千二百円になる。
首相が「再検討」を表明した二六年以降は、現行の五区分を十三区分に細かくした上で、基準額を引き上げる方針だった。最終形で真ん中の所得区分となる人は、現行から五万八千五百円増の十三万八千六百円にする考えだった。(後略・引用終わり)
家人は十三年前に乳がんの手術を受けて、五年後、再発。札幌のがんセンターに三週間に一度通院し、投薬治療を受けてきた。私の大病を機に旭川の病院に転院して、同じ治療を続けている。三週間ごとの彼女の通院に付き合い、会計をすると四万四千四百円の支出。月に二回の治療のときは、支払いはゼロになる。高額療養費制度の恩恵である。「これでも、私が七十歳になったから、安くなったのよ」と彼女。声をひそめて「これ以上、払わなくちゃならなくなったら、私、治療しなくてもいいわ。充分生きたから」と言う。
この高額療養費の負担限度額引き上げ(負担増)を含む二〇二五年度の政府予算案は四日、自民党、公明党、日本維新の会の賛成で衆議院を通過した。参院は自公の与党が多数を占めているから、予算案はこのまま通過して、高額療養費の負担限度額は引き上げられるのだろう。昨年の衆院選でせっかく与党を過半数割れに追い込んだのに、野党は何やってるんだい。
この間の国会審議を通じて、厚労省は限度額引き上げによって千九百五十億円の受診抑制を見込んでいることが分かった。国は治療を諦める患者が出て来ることを予測しているということだ。
国民の命は見限っておいて、軍事費は膨張を続ける。
(工藤 稔)
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