お隣から、菜園の長ネギを差し上げたお礼ということでモモを二個いただいた。スーパーのチラシに載るモモは「山梨産」はごく稀で、ほとんどが「福島産」だから、この丸々と肥えた、美味そうなモモも十中八九、福島産と考えて間違いない。家人と二人、おいしくいただいた。たまたま同じ日、社員の奥さんの里、秋田から届いたというモモを二個頂戴した。福島産に劣らず、立派な姿。こちらは、まだ繁殖の可能性がある子どもたちに食べさそうと、家人と意見が一致したのだった。

 今になって、ようやく理解できた。東日本大震災が起きて東電福島第一原発が爆発した二〇一一年の十二月十六日、野田佳彦総理大臣(当時)が、「原子炉は冷温停止状態に至った。不測の事態が発生しても敷地境界の被ばく線量は十分に低い状態を維持できる。発電所の事故そのものは収束に至ったと判断した」と宣言した意味が。今もほとんど同じなのだが、三基の原子炉が炉心溶融(メルトダウン)を起こし、その溶け落ちた核燃料がどのような状態にあるのかも確認できず、大気中に、海に、放射性物質の放出が続いているのを承知の上で、それでも収束を宣言しなければならなかったのだ。

 日本の価値をこれ以上減らさないため、資産を守るためにだ。放射能による国土の汚染が、正確に、正直に公表されては困るのだ。事故が継続中ではまずいのだ。福島県とその周辺の土地の評価がある程度下がるのは、致し方ない。だが、東京の、首都圏の不動産の価値が目減りする事態はどうしても避けなければならない。日本に投資している外国の金が逃げて行ってしまうじゃないか。

 被災者の健康なんて二の次、三の次だ。首都圏にもホットスポットが点在するなんて情報は無視すべし。経済だ。大企業を、金持ちを、資産家を守れ。金がなければ、生きていたって仕方がない。住民の将来的な健康なんて、その事態が発生した時点で対処すればいい。放射能の影響が明白に現れるのは、早くても四年か五年先のこと。因果関係うんぬんを調査している間に、誰の責任だなんて話はウヤムヤになって、関係者の中にはあの世に行っちゃうヤツもいる。思えば、水俣病の発生で政治家とか、役人とか、研究者とか、責任を取ったヤツなんていたか? 日本は、そういう国なんだから、大丈夫。ただ風評被害を助長しないよう、多少の危険を覚悟してひと際安価な福島産のモモを黙って食するのだ。

(工藤 稔)

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