二十五日、とうとう東京オリンピックの聖火リレーがスタートしてしまった。翌日の新聞各紙の見出しは、「五輪聖火 福島から出発」(道新)、「聖火リレー 福島で号砲」(朝日)、「五輪開幕へ まず一歩」(読売)、「聖火 霧中の号砲」(毎日)。なんとなく、報じる側が、「七月二十三日の開会式に向けて、日本全国を駆け巡り、国民挙げてオリンピック開催を歓迎するんだ」と納得していない、いささか腰が引けているようなオーラを感じるのだが、気のせいか。

 新聞はほとんど報じなかったが、二十二日に開かれた東京五輪・パラリンピック組織委員会の理事会で、「赤字」についての議論があったという。先のIOCや東京都などとの五者協議で、海外からの観客の受け入れ断念が決まり、すでに海外で販売済みだった六十三万枚、約百億円が払い戻しになる。さらに、国内からの観客も五〇%の収容になるという。想定のチケット収入九百億円の大幅減収は避けられない。

 理事会の後、会見した武藤敏郎事務総長は「(収容人数の)上限が決まっていないので分からないが、増収努力、歳出削減努力でカバーし切れないのは明らか。その場合は国、都、組織委でどう負担するか議論することになるだろう」と述べたという。日刊ゲンダイ電子版で知った。

 一年延期とコロナ対策の追加経費二千九百四十億円を加えると、東京オリンピックの開催経費は、一兆六千四百四十億円に達するそうだ。組織委員会だろうが、東京都だろうが、国だろうが、この気の遠くなるような莫大な経費を負担するのは、結局は私たち国民だ。コロナで青息吐息の企業や個人事業主、その日の飯も食えない国民が数多いる惨状の中で、聖火を掲げて走っている場合か?

 小欄で何度か取り上げたが、私は「どの時点で、何に責任を負わせて、誰が中止を発表するんだろう」と、それだけを注視している。どう考えても、世界から選手役員一万人を集めて、七月二十三日に開会式を開催するのは不可能だ。「菅総理は、どうしてもやる気なんだろう」とおっしゃる方もいるが、飲み友達五人が居酒屋で宴会をするのと訳が違う。総理だろうが、大統領だろうが、一人の「やる気」や「ご都合」で決められる次元の話ではないのよ。

 小紙で「おいしい話」を連載しているFMりべーるのマダム・ケロコさんは、毎春、「おしゃれしてパーティー」を開いている。参加者は五百五十人ほど。洋服や着物やアクセサリーを買ったり、美容室に行ったりすることで消費を促し、まちの活性化に一役買おうとの思いで、もう二十年も続いている。昨年はコロナ禍で断念。今年は何とか開催したいと、七月に延期することも検討したが、二月の時点で中止を決めた。「チケットの製作から販売、会場や演出の準備を考えたら、とても間に合わないのよ」と。

 いいですか、地方のまちの五百人規模のパーティーでさえ、五カ月前に開催の是非を決めなければならない。分かるでしょう? 東京オリ・パラの中止は、“どこか”ですでに決定されている。もしかするとオフィシャルパートナー契約を結んでいる読売、朝日、毎日、日経も、オフィシャルサポーター(違いは良く分からんが)になっている道新も、それを知っているか、感づいているかして、それで聖火の報道がアクセルとブレーキを同時に踏んでいるみたいな、“いずい(靴の中に小石が入ったような異物感を表す北海道弁)”雰囲気を醸し出しているんじゃないか? 枕はここまで。

(工藤 稔)

(全文は本紙または電子版でご覧ください。)

●お申込みはこちらから購読お申込み

●電子版の購読は新聞オンライン.COM

ご意見・ご感想お待ちしております。