NHKテレビのニュースで、二〇二二年の世界報道自由度ランキングが発表されたと知った。各国のマスコミの独立性や透明性を評価するもので、国際的なジャーナリストの団体「国境なき記者団」が二〇〇二年から毎年発表している。

 日本は百八十カ国中七十一位で、昨年の六十七位から後退した。一位はノルウェー、二位デンマーク、三位スウェーデンと北欧諸国が並ぶ。最下位は北朝鮮。日本が順位を四つ下げたのは、「強まっている大企業の影響力がメディアに自己検閲を促している」との理由。

 ロシアは百五十五位、中国百七十五位、英国二十四位、米国は四十二位だそうな。この順位がどのような意味を持つか、正直、よく分からない。だが、安倍様から菅様、いまは「岸田様のNHK」が、「ランクを下げた理由は大企業の影響力」と報じる姿勢に、哀しいパロディを見るような…。

 戦争に向かう厳しい言論統制の時勢下、沈黙する表現者たちに「しゃべり捲くれ」と鼓舞し続けた、旭川ゆかりの詩人の名を冠した小熊秀雄賞の贈呈式が十四日(土)午後三時から、アートホテル旭川で開かれる(八・九㌻に「特集」を掲載)。

 賞が創設されて五十五回目、市民実行委員会(橋爪弘敬会長)が運営を引き継いで十五回目になる。十五回のうち三回は「該当作なし」だった。この手の文学賞で受賞作を選ばないという例は稀有である。事務方としては、できれば避けてほしい事態なのだが、権力に筆で抗した小熊秀雄にふさわしい選考のあり方だと思う。安易な妥協はしないのだ。

 今回の受賞作は、アイルランド在住の津川エリコさんの詩集『雨の合間』(デザインエッグ)だった。四月九日に行われた最終選考会。四人の選考委員が詩集を振りかざし、文字通り口角泡を飛ばす、四時間に及ぶ激論の末に選出した。

 海外からの応募は何回かあったと記憶するが、受賞は初めてである。しかも、日本との時差が八時間のアイルランド。受賞の知らせはメールである。「特集」にあるが、津川さんが旭川で高校、大学まで過ごした方だと、津川さんから受賞のコメントが届いて知らされた。しかも東高時代、小熊が戦後日本の文壇で再評価されることに大きく貢献した佐藤喜一さん(一九一一―九二)に国語を習ったという。

 不思議な縁を感じる。小熊秀雄賞は一時、〇七年の第四十回で終わると発表された。市民有志が「継続しよう」と声を上げ、市民実行委員会が結成された。小熊が表現者としての第一歩を踏み出したのは当時の「旭川新聞」の記者としてであった。小紙「あさひかわ新聞」とは何のつながりもないのだが、行きがかりと言うか、成り行きと言うか、いま、事務局を預かっている。小紙も、廃刊になった地元紙の社員が中心になり、多くの方の支援を得て三十年前に創刊した。

 市民実行委員会の運営委員の中にも、佐藤喜一さんの教え子が複数いる。高校時代、佐藤先生の元で詩を書き始めた津川さんが、半世紀以上の時を経て、アイルランドから小熊賞に応募し、小熊秀雄賞を受賞する。幾つもの偶然が積み重なって、奇跡のように糸がつながった、そんな感覚…。

(工藤 稔)

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