―― 前号の続き。旭川近郊で、自然素材による土づくりを掲げ、米作とトマトを中心に有機農業に取り組んでいる、先進的な農業生産法人の経営者の講演録を紹介する。“公務員スタンダード”の「働き方改革」を農業の現場に当てはめる難しさ、食についての理念と栽培コストとの折り合い、そして地球規模の食料不足など、「農業現場でのモヤモヤ感の正体は…」と題する講演の抄録を。食や農にさほどの関心がない方、飛ばしてください。

 ――(前号のつづき)おコメで我々が一番やっかいだな、という病害、虫害。カメムシというのが非常に難敵なんです。コメが受粉して実り始める初期の頃に、カメムシっていろんな種類がいるんですけど、北海道の場合はアカヒゲホソミドリカスミカメっていうのかな。それが傷をつけて、ミルク状のおコメの汁を吸う。そこから天候でも悪かったり、雨が多かったら、病原性の菌が付着してそこが黒く変質してくる。これがコメの品質の検査を受ける場合は大きな落等要因になるんですけど、うちの会社、今年は非常にこれが多かった。新潟の等級が悪いのとはちょっと意味が違います。虫に喰われたことで、うちは今年、一等米が半分くらい、その黒色で二等米が半分くらい。ただ、自社で精米して皆さんにお届けするときには、高い精度の、光選別機というそうしたものを弾き飛ばす機械にかけますから、黒いコメが入るということはほとんどないんですが。

 ――今年、食品工場から、「僕、青空の下の農業をやりたい」って、入社して二年目の青年が申告して来てね。「よしわかった、一緒にやるか」ということで、米穀課に転属しておコメ作りに専念してもらいました。ポイントだけ話しますと、食品工場では、週休一休、月に二回か土日休み、それに祝祭日ということで、型にはまった休日を取れる部署にいたもんですから。全天開放型の水田では天気の変化直撃ということなんで、もちろん一週一休はするけども、日曜日休み、ということには中々なれないんで、それは覚悟しておけと。まぁ田植えのときは、だいたい一週一休は取得できたんです。ところがカメムシというのは、うちは農薬は一回きりしかやらないで、あとは忌避剤をかけているので、一点集中のタイミングを外すとね…。私がものすごい緻密に、虫の予察というか、網で虫をすくい取るんです。受粉してからピークは十日から二週間という、その時期に一回だけ農薬をかける。他の農家のように三回くらいに分けてかければね、どこかで虫を退治できるんだけど、うちは一点集中だから適期を外すとエライことになる。結果的に、まっ彼には言わないけど、ほら見たことかという、黒色米…。だから働き方改革も、決して悪い仕組みだとは思わないけれども、ただ繁忙期の、最も危険期というリスクの高い時期にまで、こういう形というのは農業の場合、非常にシンドイと。業種によっては夏が稼ぎ時という業種もたくさんおありだと思うので、後で私にいろんな話をお聞かせいただいて、こうやって柔軟に対応したらって知恵を授けてください。

 ――あれやこれやで、うちのビジネスモデルがいま、分水嶺に来ている、マイナスのイメージじゃなくてね。農業の六次化ということで、特にトマトは自社の原料を九割くらいで飲料関係も作っていますけども、今年はさっきの話のようにトマトの花落ちで作柄が悪いのと、どこの産地もトマトの作柄が良くなかった。ということで引き合いが強くて、九月も採れるだろうということで、生で食べるトマトを七月、八月に出荷し過ぎてですね、結果的にジュース用のトマトの原料が不足したと。有機認証を取得しているから、よそから仕入れることは全くできませんので、今年はトマトジュースの製造量は前年に比べて、多分、七掛けも切るんじゃないかな。

 ――それから去年、肥料代がドンと上がった。私、有機肥料をベトナムから直輸入していたんです。価格高騰分は、現地の友だちから、五~七%と言われたんですが、結果として価格は㌔六十円から八十円になり三〇%以上高くなった。一番の理由は円安。前年まで百十一、二円で契約していたのが、その時は百三十七円でしたかね。いや、そんな話をしようというんではなくて。来年は相当コスト高の年になるので、いろいろ省くものもひねり出さなきゃダメだということでね。うちはコメ作りをするときに、「海のミネラル・山のミネラル」ということで、海のミネラルは貝化石の粉末ね。五年くらい除塩したものを使っている。それは続けて行こうと。山のミネラルは富良野の鉱物性のミネラル、それを百五十万円くらいカットした。何を言いたいかというと、「こだわりの生産からまごころの加工まで」を掲げて、原料に一番の価値観を持たなければならないと考え、山と海のミネラル成分をずっと使い続けて来た、その一つを削減した。

 ――ミネラル成分は短期的にどうの、ということはないけども、ゆっくり作物に吸収されて滋味豊かな味をつくる、ということからすると、その選択にはちょっと悔いも残っています。その意味で、コスト優先か、価値優先かということで春先、結構悩んでいたんです。あまり社員にも話していないけど。皆さんのお仕事もそうでしょうけど、これだけ成熟した消費社会、誰かが言ってたけれど、「日本で唯一発展したのは商品民主主義だ」なんて。これだけ選択眼のあるお客様と向き合うには、やっぱり得意分野を深掘りするということだと、すぐに変身、原点回帰しました。

 来年からは、昔、家内と二人で悪戦苦闘した有機のコメ作り、社員にあんなことさせられないし、やるはずもないんだけど。よし、相当ハードルが高いけど、大面積の有機栽培ということで、来年から四㌶取り組むことにしました。初年度から有機米ということにはならず、三年の時間がかかるんですけども。今までは、トマト、ジャガイモ、カボチャ、あと何があったかな…。基幹のコメを有機栽培にして、うちの技術を深掘りして行こうと。ただし、ここからは今、うちで一番重いテーマなんですけど、人数がいればやれる、ということじゃないんで、観察眼を持った…、何て言うのかな、本当に谷口農場のビジネスモデルに価値を感じて、「私にお任せあれ」というような人材を育てなければならない。まぁうちの専務はオールラウンダーなんで、朝の四時から堆肥撒きをするとか、田植えをするとか、そういう思いいっぱいのタイプなんだけど、今の人たちにそんなことを押し付けもできないし。なんとか“ユルユル”とは言われるけども、時間をかけて技術者を育てて、その両輪で向かって行かなければ、ということで、いま、よその人にはなかなかできない、内輪での“人たらし”を私が一生懸命に候補者に向かってやっています。さっき言った“ユルユル世代”の社員をきちっと育て上げるということに精力を尽くそうかなと思っています。

 ――最後、この問題は、私、専門家でないので、「モヤモヤ感」の範疇で話をしていきますけど、ちょっと変わりつつあるのかな、という気がしています。世界が非常にキナ臭くなってきた。私は戦争経験もありませんが、まかり間違えば世界大戦という可能性もなきにしもあらず。ウクライナでも、パレスチナでも、発火点になりそうで、どうなるか誰にもわからない。食料のことだけを声高に論じようとは思っていませんが、エネルギーも含めて、我々の豊かさだと信じ込んできた、日常の風景がガランッと変わると。父親が戦争に行ったということで、多少、戦争のむごさの話を聞いていますけど、戦争に向かうというより、不測の事態に向かうという心構えは、現実問題として受け止めておかなければならない。食料の場合、世界的に人口爆発で食料が不足するという近未来のことよりも、むしろ物流が寸断されるという世界的な、価値観の違いが経済のブロック化みたいなことに進んで行って、さぁその先はという環境で、不測の事態にどう向き合うか。ここの感覚は、私も含めて日本人は非常に脆弱で、それだけ幸せだったということなんですけども。もう日本の力じゃ、いつでもお金でモノは買えない。

 ――そういう環境の中で、どういうふうに、しばしの間、耐え忍ぶかということを深く認識していく必要があるのではないか。現実も、まずは個々人から。国家で備蓄云々という、それと個々人と両輪で考える必要があるなと、考えています。私は、山下惣一さんという農民作家、一昨年亡くなったんですけど、厳しい農業問題をブラックユーモアの文体で表現する作家で。重大な問題を普段の暮らしにまで下して気付かせてくれる書きぶりが大好きで。佐賀県の唐津に住み、コメ作り、ミカンや野菜作りをして、道の駅の前身の直売所を唐津で仕掛けたという、農業界では著名な方です。去年、家内と唐津に行ったときに、どんなバックボーンでもの書きと農作業を両立させたんだろうと、山下さんのお宅にうかがったんです。地域じゃ名士というよりも、西日本の農業を国民全体に向かって問題提起をしてくれた第一人者というか。アジアにも何回も出かけて、アジアの農業者のネットワークということで、いろいろ足跡を残した方です。

 ――この頃、その山下さんのことをすごく思い出してね。象徴的に言えば、この人がよく言ったのは、「日本人は農なき国を望むのか」。非常に頭のいい方だったんですが、親がものすごい学問嫌いで、地元の小学校しか出られなかった、自分の生きたい生き方をしたいという願望で、何回も家出してね。まぁ自ら戻って来たということも含めてね、気付いたのは、自分の願望で人生を送れる人は一握り、私は次なる選択をした、与えられた舞台で目いっぱい農業を演じ切ってみせる、と何かの講演で話していました。やはり備えあれば憂いなし、という食の問題については、ずーっと変わらないスタンスで世に問い続けていたという気骨のある農業者であり、作家でもあった。最後に我々個々人の暮らしに結び付く課題を提起して、与えられた時間を閉じたいと思います。

(工藤 稔)

(全文は本紙または電子版でご覧ください。)

●お申込みはこちらから購読お申込み

●電子版の購読は新聞オンライン.COM

ご意見・ご感想お待ちしております。