この夏、元衆議院議員で弁護士、伊東秀子さんの著書「父の遺言 戦争は人間を『狂気』にする」(二〇一六・花伝社)を読んだ。伊東さんは一九四三年、満州(現中国東北地方)生まれ。父親は、満州で憲兵隊長として、裁判らしきものなしに死刑を宣告して、多くの抗日運動家をあの恐怖の七三一部隊に送っていた。その事実を伊東さんは、父親が亡くなってから二十年後、中国・撫順の戦犯管理所跡を訪ねた折、父親ら戦犯の供述書を読んで初めて知ったのだと言う。

 父親は、戦後シベリアに五年間抑留され、その後、撫順戦犯管理所に移されて、七年後に日本に帰国する。その間の詳細は本書に譲るとして、私が本書の「核」だと受け止めたことを二つ紹介しよう。

 父親は「日本軍が中国にやったことを思えば、私は死刑になって当然だった。なのに、こうして帰してもらうことができた。本当に、中国には申し訳がない、足を向けては寝られない」と口癖のように言い続け、家族に「戦争は絶対にしてはならない。戦争は人間を獣にし、狂気にする」と語り続けたという。具体的な「獣」や「狂気」は、父親ら戦犯が残した供述書に生々しくある。

 伊東さんが「日本は憲法9条があるから、戦争に加担することはあり得ない。お父さんの言う事は時代錯誤よ」と反論すると、父親はいつも強く否定した。「それは違う。戦争は、時の為政者次第で、時代の衝動のように突然起こる。そして、一旦起きたら、もう止められない。関東軍の一部の幹部の謀略で満州事変が勃発した。しかし、その後も中国での侵略が続き、太平洋戦争に突入していった。日本の自衛隊が武器を持って外国に出るようになったら、また同じ事を繰り返すかもしれない。だから、中国や朝鮮半島の国々とは絶対に仲良くしなければいけない」と。

 伊東さんの父親は一九八七年に亡くなったそうだから、この会話が交わされたのは三十年以上も前のことだ。いま、その父親の予言通り、時の為政者が、自衛隊が武器を持って米軍とともに外国に出て行くことを可能にし、憲法9条があるのに日本は戦争ができる国になりつつある、いや、すでになっているのかもしれない。

 もう一つは伊東さんに届いた、中国・大連の大学の女性教師からの手紙にある次の話。

 ――安倍晋三首相は、戦後70周年談話の中で「日本では、戦後生まれの世代が、今や人口の8割を超えています。あの戦争に何らかかわりのない私たちの子や孫、そしてその先の世代の子供たちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」と言いました。
 私が納得できないのがこの談話の後半部分です。

 安倍総理をはじめ、このような歴史認識を持っている日本の方々には、ぜひ中国に来ていただき、普通の庶民たち、特に山東省や湖北省、南京、上海に住む人達に会って交流してもらいたいと思うのです。

 中国のあちこちに、戦時中に日本軍が作ったトーチカなどの戦争の遺物が残されています。戦争の歴史は今もなお生きています。70年前の戦争の記憶は、私たち子や孫たちの記憶の中でもまだ生々しく、消えていません。(中略)

 安倍首相は、「子や孫、そしてその先の世代の子供たちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」と言います。

 しかし、被害者の子や孫そしてその先の世代が、あの日中戦争の傷痕に苦しみ続けていることについてはどう考えているのでしょうか。中国人の子や孫を苦しませ続ける権利が日本にはある、というのでしょうか。(後略・引用終わり)

(工藤 稔)

(全文は本紙または電子版でご覧ください。)

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